氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

あの日、帰り道で手を繋いでから数週間。
 私たちの「更生プログラム」は順調……のはずだった。龍崎は女子生徒に挨拶されても泡を吹かなくなったし、一ノ瀬会長の執拗な嫌がらせも、二人で(主に私の毒舌で)跳ね返してきた。
 そして明日、ついに球技大会の決勝。相手は、一ノ瀬率いる生徒会チームだ。
「……実花、ちょっといいか? 屋上、来てくれ」
 放課後の教室。部活に向かう生徒たちの喧騒の中、龍崎が真剣な顔で私を呼び出した。
 夕日に染まる屋上。フェンスに寄りかかる彼の背中は、出会った頃より少しだけ逞しく見える。
「……何よ。明日の作戦会議なら、もう済んだでしょ? あんたはゴール下で踏ん張る。私は応援席からあんたを睨みつける。それで完璧じゃない」
「いや、作戦じゃなくて……その」
 龍崎はポケットに手を突っ込み、地面のタイルを爪先でガリガリと削っている。
 ……あ、この感じ。
 彼が何か重大な隠し事をしているか、あるいは――。
「実花。俺さ、お前に出会って、マジで変わったと思ってるんだ。……最初は怖かったし、毒舌だし、女っていうか……なんか『教官』みたいだなって思ってたけど」
「ちょっと、それ褒めてないわよ」
「最後まで聞けよ! ……でも、今は違うんだ。お前が隣にいないと、俺……力が出ないっていうか。明日、もし俺が勝ったら……」
 龍崎が私に向き直る。彼の耳は、沈みゆく夕日よりも赤く染まっていた。
 彼は大きく息を吸い込み、私の両肩をガシッと掴んだ。
「俺、お前のこと……お前のことが、本気で……っ!」
 その瞬間。
 ピリリリッ! と、彼のポケットでスマホがけたたましく鳴り響いた。
「っ、んだよ、このタイミングで……!」
 龍崎が慌てて画面を見ると、そこには『黒龍』のメンバーからの緊急連絡。
「……悪い、実花。一ノ瀬の奴らが、会場の準備で難癖つけてきてるみたいだ。すぐ行かねえと」
「……そう。勝負は明日なんだから、余計なことに首突っ込まないでよ」
「わかってる! ……あー、クソ。今の、続きは明日、勝った後に言うからな!」
 龍崎は階段を駆け下りながら、何度も振り返って手を振った。
 私は一人、屋上に取り残される。
 掴まれた肩に、まだ彼の熱が残っている。
「……バカね。あんなの、言わなくてもバレバレなのに」
 私は熱くなった頬を両手で押さえた。
 告白未遂。けれど、その「言えなかった言葉」が、今の私たちには一番甘く響いている。
 明日、勝っても負けても、私たちの『契約』はもうすぐ終わりを迎える。
 その先にある「本当の関係」を想像して、私は少しだけ、明日の朝が来るのが怖くなった。