……それにしても、班⻑は⾜が速い。
先程から澄華と陽⽃は軽く⼩⾛りしているというのに、凛は息ひとつ 乱さず、
ただ淡々と歩き続けている。
気を抜けば、すぐに置いていかれてしまいそうだ。
その時、地⾯から⾶び出した出っ張りに⾜を取られ、澄華はバランスを崩した。
普段なら、絶対に転ぶことは無かっただろう。
だが、凛に追いつこうと⼩⾛りしていたこと、そして式典から続いていた⾼揚感が裏⽬に出て、
⾜がもつれてしまった。
前のめりに倒れそうになった瞬間――
誰かに体を⽀えられた。
安定感のある、⼿慣れたような優しい触れ⽅。
恐る恐る顔を上げると、そこには眉間に深くシワを寄せ、呆れたような表情の凛が⽴っていた。
「申し訳ありませ――」
澄華の⾔葉を、凛が遮った。
「危ねぇな……バカじゃねえんだから、⾜元くらいちゃんと⾒ろ。
地上だったらあっという間にお陀仏だぞ。分かってんのか?」
先程より何倍も低く鋭い声に、澄華は慌てて⽴ち上がり、再び勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
⾆打ちをしながら前を向き直り、淡々と歩き出す凛を⾒送る。
胸を撫で下ろしていると、陽⽃が⼩声で⼼配そうに聞いてきた。
「⼤丈夫か?怪我とかは?」
澄華は微かに笑みを浮かべて答える。
「……⼤丈夫。」
「なら良かった」
陽⽃は少し安⼼したように頷き、ほっとした笑顔を⾒せた。
そうして⾛ること数分。
凛がふと⾜を⽌め、低く呟いた。
「……着いた」
澄華と陽⽃も息を弾ませながら、ゆっくりと⾜を⽌めた。
汗で濡れた髪の⽑が額に張り付き、呼吸はまだ荒い。
胸の奥で⾼鳴る⼼臓の⿎動を感じながら、⼆⼈は凛の背中を⾒上げた。
⽬の前に広がっていたのは、⼀軒家のような⽊造の建物が並ぶ、
まるで⼩さな住宅街のような場所だった。
「ここは……?」
澄華が困惑気味に凛の⽅を⾒やる。
凛は⾯倒くさそうに⽬を細め、ため息をついた。
「⼀班……まあ、つまり俺らがこれから住むことになる宿舎だ。
⾒ての通り豚⼩屋だがな」
その⼀⾔に、澄華と陽⽃は思わず顔を⾒合わせる。
確かに外観は古びていて、屋根の⽡はところどころ⽋け、外壁は⾬⾵で
⾊褪せていた。
⽣活感よりも「⻑年放置されていた建物」といった印象が強い。
どうやら、上進隊では班ごとに同じ宿舎で⽣活するらしい。
今更そんなことで躊躇するのもおかしい話ではあるが、
異性同⼠で⼀つ屋根の下に住むというのはいかがなものだろうか。
僅かに眉をひそめた澄華だったが、今更性別なんて関係ないか。
となんとか思い直した。
仏頂⾯のまま、まだ不服そうに腕組みをしている凛を⾒上げ、
澄華は⼩さな声で⾔った。
「……とりあえず、⼊りませんか」
凛はちらりと澄華を⼀瞥し、⼝元に冷たさを残したまま、扉を押して
中に⼊った。
澄華も⼀瞬ためらったが、深呼吸をして凛に続く。
陽⽃も少し遅れて、息を整えながら中に⾜を踏み⼊れる。
中に⼊った澄華の⽬には、想像していたよりもずっと整った室内が映った。
僅かに埃っぽさはあるものの、息を⽌めるほどではなく、
むしろ居⼼地の良さを感じる程だった。
脱いだ靴を揃えながら周囲を⾒渡すと、作りやレイアウトは 普通の⼀軒家と変わらないことが分かった。
⽊の床は少しきしむがしっかりしており、壁や天井も特別古びているわけではない。
どうやら⼀階はリビングや⾵呂、洗⾯所、キッチンといった
共⽤スペースになっており、⼆階に個⼈の部屋があるようだ。
ソファや⼩さなテーブル、冷蔵庫やトースター、電⼦レンジといった、
⽣活に必要最低限の家電も揃えられていた。
その光景に、澄華は思わず安堵する。
あの外観から、勝⼿に荒廃した倉庫のようなものを想像していたのだ。
凛は黙ったまま家の中を歩き回り、あちこちを確認するように⾒渡す。
床や家具の状態、各部屋の配置、キッチンの棚や器具の置き⽅――
まるで点検でもしているかのように歩き回った後、ふう、と
⼤きくため息をつき、ソファに腰を下ろす。
陽⽃はその様⼦を⾒て、場を和ませようと明るく声を張った。
「思ったより綺麗っすね!!」
しかし凛は相変わらず無⾔で、絶望したように深くため息をつき続けている。

