意地っ張りな私たちが、神様に許された最後の100日間

病院の中庭は、すっかり秋の空気に包まれていた。
車椅子に座る私を、蒼汰が後ろからゆっくりと押してくれる。ガタゴトと響く振動が、なんだか心地よかった。
「……ねえ、蒼汰。あそこ、見て」
私が指差したのは、花壇の隅に一輪だけ残っていたコスモス。
風に吹かれて今にも折れそうなのに、必死に背筋を伸ばして咲いている。
「ああ、綺麗だな。……お前みたいだ」
蒼汰が車椅子の横に回って、私の目線に合わせて腰を下ろした。
ふわりと、彼の首筋から石鹸の匂いがする。
学校帰りの彼は、いつも少しだけ疲れた顔をしているけれど、私と目が合うと、必ず世界で一番優しい魔法みたいな笑顔を作る。
その笑顔を見るたび、私の心臓はわがままな鼓動を刻む。
(……触れたい)
彼のゴツゴツとした、温かい手に触れたい。
でも、今の私の手は、冷たくて、指先が時々自分の意思とは関係なく震えてしまう。
こんな不自由な体で、彼の綺麗な手に触れていいのかな。
もし、私の「死」が彼に伝染してしまったら……なんて、バカな考えが頭をよぎる。
「陽茉梨? どうした、急に黙り込んで」
蒼汰が心配そうに顔を覗き込んできた。
その拍子に、彼の右手が、車椅子の手すりに置いていた私の手のすぐ横に置かれた。
距離、わずか数センチ。
小指をほんの少し動かせば、彼に触れられる。
私の心臓の音が、静かな中庭に響いているんじゃないかって思うくらい、大きく跳ねた。
私は、震える指を必死に抑えて、逆に拳をギュッと握りしめてしまった。
……まだ、ダメだ。
今触れたら、私は「行かないで」って泣き叫んでしまう。
この温かさを知ってしまったら、一人で暗い病室に帰れなくなってしまう。
「……なんでもない。ちょっと、風が冷たかっただけ」
「……そっか。じゃあ、戻るか」
蒼汰は少しだけ寂しそうな顔をして、立ち上がった。
彼もきっと、私に触れたいと思ってくれていたのかもしれない。
でも、彼は私の「意地」を尊重して、無理に距離を詰めようとはしない。
その優しさが、今は一番苦しい。
車椅子が動き出す。
遠ざかっていくコスモスを見つめながら、私は自分の右手を左手で強く握った。
(……ごめんね、蒼汰。あと少しだけ、勇気が出るまで待って)

私の、臆病で意地っ張りな片想いは、まだ誰にも触れられないまま、胸の奥で熱く燻っていた。