白い天井。規則正しく鳴り響く心拍音。
病院の個室に戻った陽茉梨の視界は、あの日からずっと、半分に切り取られたままだった。
右腕はベッドの上に投げ出された丸太のように重く、指先ひとつ動かない。それどころか、喉の奥に何かが詰まったようで、大好きな人の名前を呼ぶことさえ、今の彼女には許されなかった。
「……陽茉梨、ゼリー持ってきたぞ。イチゴ味、これなら食べられるだろ?」
蒼汰は、学校帰りの制服姿で、毎日欠かさずやってくる。
彼は無理に作った笑顔で、プラスチックのスプーンを私の口元へ運ぼうとした。その手は少し震えていて、寝不足のせいで目の下には深いクマができている。
「……あ、……あ……」
私は顔を背けた。
食べたくない。見られたくない。
よだれがこぼれそうになるのを、左手で必死に拭う。
かつては「かっこいい」と思われたくて、意地を張って強がっていたのに。今の私は、ただの壊れた人形だ。
「……食べろよ。一口だけでいいから。……な?」
蒼汰の声が、少しずつ、焦りに染まっていく。
彼は私の拒絶を無視して、さらにスプーンを近づけた。
その時、私の胸の奥で、何かがパチンと弾けた。
(……やめてよ。……お願いだから、もう、放っておいて!)
言葉にならない叫び。私は左手で、蒼汰が持っていたゼリーのカップを思い切り叩き落とした。
ベチャリ、と嫌な音を立てて、赤いゼリーが床に散らばる。蒼汰の制服の裾にも、無残なシミが広がった。
「…………っ、……陽茉梨!」
蒼汰が立ち上がり、声を荒らげた。
静かな病室に、彼の怒鳴り声が突き刺さる。
「いい加減にしろよ! 俺が、どんな気持ちでお前の側にいると思ってんだ! お前を助けたくて、お前とまた笑いたくて……!」
「……う、……あ、……あぁっ!!」
私は、動かない右手をベッドの柵に叩きつけた。
感覚のない腕が、虚しく揺れる。
涙が溢れて、視界がぐちゃぐちゃになる。
(……分かってるよ! 蒼汰が優しいことなんて、誰よりも分かってる! でも、こんな私を見て、蒼汰が苦しむのが一番嫌なの! 私のせいで、蒼汰の未来を壊したくないの!)
伝えたい言葉は、喉の奥で渋滞を起こして、汚い濁音になって漏れるだけ。
私は左手で自分の胸を何度も叩き、蒼汰を睨みつけた。
「帰れ」
声にはならないけれど、私の瞳がそう叫んでいた。
蒼汰は、肩を大きく上下させて私を見下ろしていたが、やがて、その場に力なく膝をついた。
散らばったゼリーを、彼は震える素手で拾い集め始める。
「……帰らねーよ。……お前がどんなに俺を追い出そうとしても、俺は、ここを動かない」
蒼汰の声は、もう怒っていなかった。
ただ、泣き出しそうなほど、ボロボロに傷ついていた。
「……お前が喋れないなら、俺が全部聞いてやる。お前が動けないなら、俺が手足になってやる。……お前に『死にたい』なんて言わせねーよ。……俺が、お前を一人になんかさせない……!」
彼は、床に散らばったゼリーを握りしめたまま、私の布団の上に顔を埋めて泣いた。
かつて「魔法」だと言って私の手を握ってくれた、あの強い蒼汰が。
私のせいで、こんなにボロボロになって、みっともなく泣いている。
私は、動く方の左手を、迷いながら彼の頭に置いた。
ゴワゴワとした、短い髪。
叩くつもりだったその手は、気づけば彼を慰めるように、優しく撫でていた。
「……あ、……う……」
ごめんね、蒼汰。
大好きだよ、蒼汰。
喧嘩さえまともにできない、不自由な二人。
窓の外では、季節外れの強い雨が、私たちの絶望を洗い流すかのように激しく叩きつけていた。
二人の心は、あの日よりもずっと近く、そして、痛いほどに深く結びついていた。
病院の個室に戻った陽茉梨の視界は、あの日からずっと、半分に切り取られたままだった。
右腕はベッドの上に投げ出された丸太のように重く、指先ひとつ動かない。それどころか、喉の奥に何かが詰まったようで、大好きな人の名前を呼ぶことさえ、今の彼女には許されなかった。
「……陽茉梨、ゼリー持ってきたぞ。イチゴ味、これなら食べられるだろ?」
蒼汰は、学校帰りの制服姿で、毎日欠かさずやってくる。
彼は無理に作った笑顔で、プラスチックのスプーンを私の口元へ運ぼうとした。その手は少し震えていて、寝不足のせいで目の下には深いクマができている。
「……あ、……あ……」
私は顔を背けた。
食べたくない。見られたくない。
よだれがこぼれそうになるのを、左手で必死に拭う。
かつては「かっこいい」と思われたくて、意地を張って強がっていたのに。今の私は、ただの壊れた人形だ。
「……食べろよ。一口だけでいいから。……な?」
蒼汰の声が、少しずつ、焦りに染まっていく。
彼は私の拒絶を無視して、さらにスプーンを近づけた。
その時、私の胸の奥で、何かがパチンと弾けた。
(……やめてよ。……お願いだから、もう、放っておいて!)
言葉にならない叫び。私は左手で、蒼汰が持っていたゼリーのカップを思い切り叩き落とした。
ベチャリ、と嫌な音を立てて、赤いゼリーが床に散らばる。蒼汰の制服の裾にも、無残なシミが広がった。
「…………っ、……陽茉梨!」
蒼汰が立ち上がり、声を荒らげた。
静かな病室に、彼の怒鳴り声が突き刺さる。
「いい加減にしろよ! 俺が、どんな気持ちでお前の側にいると思ってんだ! お前を助けたくて、お前とまた笑いたくて……!」
「……う、……あ、……あぁっ!!」
私は、動かない右手をベッドの柵に叩きつけた。
感覚のない腕が、虚しく揺れる。
涙が溢れて、視界がぐちゃぐちゃになる。
(……分かってるよ! 蒼汰が優しいことなんて、誰よりも分かってる! でも、こんな私を見て、蒼汰が苦しむのが一番嫌なの! 私のせいで、蒼汰の未来を壊したくないの!)
伝えたい言葉は、喉の奥で渋滞を起こして、汚い濁音になって漏れるだけ。
私は左手で自分の胸を何度も叩き、蒼汰を睨みつけた。
「帰れ」
声にはならないけれど、私の瞳がそう叫んでいた。
蒼汰は、肩を大きく上下させて私を見下ろしていたが、やがて、その場に力なく膝をついた。
散らばったゼリーを、彼は震える素手で拾い集め始める。
「……帰らねーよ。……お前がどんなに俺を追い出そうとしても、俺は、ここを動かない」
蒼汰の声は、もう怒っていなかった。
ただ、泣き出しそうなほど、ボロボロに傷ついていた。
「……お前が喋れないなら、俺が全部聞いてやる。お前が動けないなら、俺が手足になってやる。……お前に『死にたい』なんて言わせねーよ。……俺が、お前を一人になんかさせない……!」
彼は、床に散らばったゼリーを握りしめたまま、私の布団の上に顔を埋めて泣いた。
かつて「魔法」だと言って私の手を握ってくれた、あの強い蒼汰が。
私のせいで、こんなにボロボロになって、みっともなく泣いている。
私は、動く方の左手を、迷いながら彼の頭に置いた。
ゴワゴワとした、短い髪。
叩くつもりだったその手は、気づけば彼を慰めるように、優しく撫でていた。
「……あ、……う……」
ごめんね、蒼汰。
大好きだよ、蒼汰。
喧嘩さえまともにできない、不自由な二人。
窓の外では、季節外れの強い雨が、私たちの絶望を洗い流すかのように激しく叩きつけていた。
二人の心は、あの日よりもずっと近く、そして、痛いほどに深く結びついていた。


