「……陽茉梨、そこ。符号間違ってるぞ」
私の部屋。中間テストを目前に控えて、私たちは机を並べて勉強していた。
いつもは学校の騒がしさの中にいるけれど、自分の部屋に蒼汰がいるというだけで、空気の密度が数倍になった気がする。
「あ……本当だ。……ありがと、蒼汰」
ペンを動かす私の手元を、蒼汰がじっと覗き込む。
彼の肩が私の腕に触れるたび、ノートの数式なんて全部頭から吹き飛んでしまう。
「……集中しろ。……お前、赤点取ったら補習でデートできねーぞ」
「わかってるってば。……でも、蒼汰が近すぎるから……」
小さく呟くと、蒼汰はわざと意地悪く笑って、さらに顔を近づけてきた。
机の下、私たちの膝が軽く触れ合う。
逃げ場のない、四畳半の密室。
「……近いの、嫌か?」
「……嫌じゃないけど。……心臓に悪い」
私が俯くと、蒼汰はふっと表情を和らげて、私の右手をそっと取った。
そのまま、自分の大きな手のひらと合わせる。
「……指、冷たいな。暖房、もっと上げるか?」
「……ううん。蒼汰の手が温かいから、大丈夫」
幸せだった。
彼の手の節くれだった感触や、少し高い体温。それが自分のものだと思えるだけで、世界がキラキラして見えた。
でも、その時。
合わせた指先に、奇妙な違和感が走った。
(……あれ?)
蒼汰が私の指を一本ずつ絡めるように握り直しているのに、薬指の先だけ、彼の熱を感じない。
まるで、そこだけが氷でできているみたいに、感覚が遠い。
「陽茉梨? どうした、急に黙り込んで」
「……え? あ、ううん。……なんでもない。ちょっと、難しくて考え込んでただけ」
私は慌てて笑顔を作り、彼の手を握り返した。
大丈夫。まだ、動く。まだ、握れる。
でも、胸の奥を冷たい指でなぞられたような、得体の知れない不安が小さく波紋を広げた。
「……蒼汰。……もし私が、すごくおばあちゃんになっても、こうして手を繋いでくれる?」
第14話で話した「魔法」の会話をなぞるように聞くと、蒼汰は少し驚いたあと、私の指先に小さくキスを落とした。
「当たり前だろ。……シワシワの手になっても、俺がずっと握ってやるよ」
「……ふふ。……約束だよ?」
窓の外では、季節外れの強い風が吹き荒れていた。
幸せな「今」が、砂時計の砂のように、音もなく、でも確実に零れ落ちている。
その小さな音に、私たちはまだ、気づかない振りをしていた。
私の部屋。中間テストを目前に控えて、私たちは机を並べて勉強していた。
いつもは学校の騒がしさの中にいるけれど、自分の部屋に蒼汰がいるというだけで、空気の密度が数倍になった気がする。
「あ……本当だ。……ありがと、蒼汰」
ペンを動かす私の手元を、蒼汰がじっと覗き込む。
彼の肩が私の腕に触れるたび、ノートの数式なんて全部頭から吹き飛んでしまう。
「……集中しろ。……お前、赤点取ったら補習でデートできねーぞ」
「わかってるってば。……でも、蒼汰が近すぎるから……」
小さく呟くと、蒼汰はわざと意地悪く笑って、さらに顔を近づけてきた。
机の下、私たちの膝が軽く触れ合う。
逃げ場のない、四畳半の密室。
「……近いの、嫌か?」
「……嫌じゃないけど。……心臓に悪い」
私が俯くと、蒼汰はふっと表情を和らげて、私の右手をそっと取った。
そのまま、自分の大きな手のひらと合わせる。
「……指、冷たいな。暖房、もっと上げるか?」
「……ううん。蒼汰の手が温かいから、大丈夫」
幸せだった。
彼の手の節くれだった感触や、少し高い体温。それが自分のものだと思えるだけで、世界がキラキラして見えた。
でも、その時。
合わせた指先に、奇妙な違和感が走った。
(……あれ?)
蒼汰が私の指を一本ずつ絡めるように握り直しているのに、薬指の先だけ、彼の熱を感じない。
まるで、そこだけが氷でできているみたいに、感覚が遠い。
「陽茉梨? どうした、急に黙り込んで」
「……え? あ、ううん。……なんでもない。ちょっと、難しくて考え込んでただけ」
私は慌てて笑顔を作り、彼の手を握り返した。
大丈夫。まだ、動く。まだ、握れる。
でも、胸の奥を冷たい指でなぞられたような、得体の知れない不安が小さく波紋を広げた。
「……蒼汰。……もし私が、すごくおばあちゃんになっても、こうして手を繋いでくれる?」
第14話で話した「魔法」の会話をなぞるように聞くと、蒼汰は少し驚いたあと、私の指先に小さくキスを落とした。
「当たり前だろ。……シワシワの手になっても、俺がずっと握ってやるよ」
「……ふふ。……約束だよ?」
窓の外では、季節外れの強い風が吹き荒れていた。
幸せな「今」が、砂時計の砂のように、音もなく、でも確実に零れ落ちている。
その小さな音に、私たちはまだ、気づかない振りをしていた。


