意地っ張りな私たちが、神様に許された最後の100日間

文化祭の喧騒が嘘のように静まり返った、翌日の夕暮れ。
私たちは、誰もいなくなった渡り廊下のベンチに座っていた。
空は燃えるような茜色で、校庭を走る運動部の声が遠く響いている。
「……ねえ、蒼汰。もし、魔法が一つだけ使えるとしたら、何をお願いする?」
私は、膝の上で組んだ自分の細い指を見つめながら、何気なく聞いた。
蒼汰は、手に持っていたペットボトルのキャップを指で弄りながら、少し考えてから答えた。
「魔法、か。……そうだな。俺、お前の時間を止める魔法がいい」
「え、それじゃあ私、おばあちゃんになれないじゃん」
冗談めかして笑うと、蒼汰は真面目な顔をして私を見た。
「いいよ。お前がそのままでも、俺だけおじいちゃんになって、ずっと守ってやるから。……それで、お前が飽きるまで、毎日ひまわりを届ける」
「……バカ。飽きないよ、そんなの」
私は、彼の肩に頭を預けた。
彼の制服のボタンが、私の頬に少しだけ冷たく当たる。
この時、私は二つの「小さな嘘」をついた。
一つ目は、彼に内緒で書き始めた、あのひまわり柄のノートのこと。
二つ目は、最近、左手の薬指だけ、感覚が少し鈍くなっていること。
「蒼汰。……もし、私が明日、今日のこと忘れちゃってても、怒らない?」
「忘れるわけないだろ。こんなに一緒にいるのに」
「ふふ、そうだよね。……ねえ、あのプリクラ、どこに貼った?」
「……財布の、一番奥。誰にも見せたくないからな」
蒼汰が少し照れくさそうに笑う。
その笑顔を、私は心のシャッターを切るように、記憶の奥深くに焼き付けた。
「……私、蒼汰の隣にいられれば、魔法なんていらないな」
「……陽茉梨」
蒼汰の手が、私の手を包み込む。
その時、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
「下校の時間です」という、いつものアナウンス。
私たちは立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
影が長く伸びて、二人の影はまるで一本の道のように重なっていた。
この時はまだ、知らなかった。
この何気ない「魔法」の話が、数ヶ月後、彼をどれほど苦しめることになるのか。
そして、彼が財布の奥に隠したあのプリクラが、最後の希望になるなんて。
「……じゃあ、また明日ね、蒼汰」
「ああ。明日な、陽茉梨」
手を振って別れる。
明日が来るのが当たり前だと思っていた、最後の、普通の放課後だった。