文化祭当日。校内は浮き足立った熱気に包まれていた。
私は体調を考慮して、数時間だけ車椅子での外出を許された。久しぶりに着た制服は、少しだけ体が細くなったせいか、ウエストに隙間ができている。
「あ、蒼汰くーん! こっち手伝って!」
「悪い、今行く!……陽茉梨、悪いけどここで少し待ってて。すぐ戻るから!」
蒼汰はクラスの出し物である喫茶店の「呼び込み役」で大忙しだった。
腕まくりをしたシャツの袖、おでこに滲む汗。いつもは私の隣でゆっくり歩いてくれる彼が、今は遠くのステージや受付へと、風のように駆け抜けていく。
(……かっこいいな、やっぱり)
女子生徒たちが「あの呼び込みの人、超イケメンじゃない?」とヒソヒソ話しているのが聞こえる。
誇らしい反面、胸の奥がチリりと焼けるように痛んだ。
「蒼汰くん、これ差し入れ! 頑張ってね」
「お、サンキュ! 助かるわ」
クラスの女子からドリンクを受け取って、爽やかに笑う蒼汰。
あんな笑顔、私にだけ向けてくれるものだと思ってた。
……なんて、病気になってからワガママになったかな。
「……ばか。もう、知らない」
私は車椅子の車輪を自分で回して、少しだけ彼から離れた。
中庭の隅、金木犀の香りが漂う静かな場所。
自分がいなくても、世界は、学校は、そして蒼汰は、こんなに元気に回っている。
その事実が、たまらなく寂しかった。
「陽茉梨?」
不意に、後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、肩で息を切らした蒼汰が、さっき女子からもらっていたはずのドリンクを手に立っていた。
「……忙しいんでしょ。あっち戻れば?」
わざと冷たく言って、顔を背ける。
これだ。私の悪い癖。意地っ張りな私が、また顔を出す。
「……もしかして、怒ってる?」
「別に。……蒼汰がモテてて、良かったねって思ってただけ」
「……ははっ、なんだそれ」
蒼汰は私の目の前にしゃがみ込み、私の膝の上にコトンと、冷たいドリンクを置いた。
見上げると、彼は呆れたような、でも底抜けに優しい顔で私を見つめていた。
「これ、一口も飲んでねーよ。お前にあげようと思って、走って持ってきたんだ。……俺が一番見てほしいのは、お前だけだって、まだ分かんない?」
「……え?」
「他の誰に褒められるより、お前に『お疲れ』って言われる方が、百倍やる気出るんだけど」
蒼汰が、私の指先に自分の小指をそっと絡めてきた。
文化祭の喧騒が、遠くに聞こえる。
嫉妬でドロドロしていた胸の奥が、彼の言葉一つで、ひまわりが咲いたみたいにパッと明るくなる。
「……お疲れ様、蒼汰。……かっこよかったよ」
小さく呟くと、蒼汰は照れくさそうに鼻を擦って、「……反則。今の、もう一回言え」なんて意地悪く笑った。
(……好きだなあ、やっぱり)
彼を独り占めできない寂しさよりも、彼が私を選んでくれる幸せの方が、ずっとずっと大きかった。
私は体調を考慮して、数時間だけ車椅子での外出を許された。久しぶりに着た制服は、少しだけ体が細くなったせいか、ウエストに隙間ができている。
「あ、蒼汰くーん! こっち手伝って!」
「悪い、今行く!……陽茉梨、悪いけどここで少し待ってて。すぐ戻るから!」
蒼汰はクラスの出し物である喫茶店の「呼び込み役」で大忙しだった。
腕まくりをしたシャツの袖、おでこに滲む汗。いつもは私の隣でゆっくり歩いてくれる彼が、今は遠くのステージや受付へと、風のように駆け抜けていく。
(……かっこいいな、やっぱり)
女子生徒たちが「あの呼び込みの人、超イケメンじゃない?」とヒソヒソ話しているのが聞こえる。
誇らしい反面、胸の奥がチリりと焼けるように痛んだ。
「蒼汰くん、これ差し入れ! 頑張ってね」
「お、サンキュ! 助かるわ」
クラスの女子からドリンクを受け取って、爽やかに笑う蒼汰。
あんな笑顔、私にだけ向けてくれるものだと思ってた。
……なんて、病気になってからワガママになったかな。
「……ばか。もう、知らない」
私は車椅子の車輪を自分で回して、少しだけ彼から離れた。
中庭の隅、金木犀の香りが漂う静かな場所。
自分がいなくても、世界は、学校は、そして蒼汰は、こんなに元気に回っている。
その事実が、たまらなく寂しかった。
「陽茉梨?」
不意に、後ろから聞き慣れた声がした。
振り返ると、肩で息を切らした蒼汰が、さっき女子からもらっていたはずのドリンクを手に立っていた。
「……忙しいんでしょ。あっち戻れば?」
わざと冷たく言って、顔を背ける。
これだ。私の悪い癖。意地っ張りな私が、また顔を出す。
「……もしかして、怒ってる?」
「別に。……蒼汰がモテてて、良かったねって思ってただけ」
「……ははっ、なんだそれ」
蒼汰は私の目の前にしゃがみ込み、私の膝の上にコトンと、冷たいドリンクを置いた。
見上げると、彼は呆れたような、でも底抜けに優しい顔で私を見つめていた。
「これ、一口も飲んでねーよ。お前にあげようと思って、走って持ってきたんだ。……俺が一番見てほしいのは、お前だけだって、まだ分かんない?」
「……え?」
「他の誰に褒められるより、お前に『お疲れ』って言われる方が、百倍やる気出るんだけど」
蒼汰が、私の指先に自分の小指をそっと絡めてきた。
文化祭の喧騒が、遠くに聞こえる。
嫉妬でドロドロしていた胸の奥が、彼の言葉一つで、ひまわりが咲いたみたいにパッと明るくなる。
「……お疲れ様、蒼汰。……かっこよかったよ」
小さく呟くと、蒼汰は照れくさそうに鼻を擦って、「……反則。今の、もう一回言え」なんて意地悪く笑った。
(……好きだなあ、やっぱり)
彼を独り占めできない寂しさよりも、彼が私を選んでくれる幸せの方が、ずっとずっと大きかった。


