消灯時間を過ぎた病室。シーツの擦れる音さえ響くほど静まり返った闇の中で、私は自分の体が自分のものではないような感覚に襲われていた。
(……動かない。動いてよ、お願い……!)
右腕に力を入れようとしても、指先ひとつピクリともしない。
昼間、蒼汰に見せた「元気なフリ」の代償。病魔は、私のささやかな日常を、容赦なく毟り取っていく。
孤独と恐怖が、真っ暗な部屋に押し寄せる。
誰にも言えない。お母さんを呼べば泣かせてしまう。看護師さんを呼べば、また「覚悟」の話をされるだけ。
震える左手で、枕元に置いたスマホを手に取った。
時刻は、深夜二時。
一番、世界から見捨てられたような気がする時間。
気づけば、蒼汰の連絡先を開いていた。
打てない文字。かすむ視界。
私はただ、一文字だけ、震える指で彼に送った。
【 たすけて 】
送信した瞬間に後悔した。
彼は明日も学校がある。彼には、私のいない場所で笑っていてほしい。
「送信取消」を押そうとしたその時、画面が明るく光った。
『今、病院の下にいる。窓、開けられるか?』
心臓が、痛いくらいに跳ねた。
這いずるようにしてベッドを抜け出し、窓際へ向かう。
三階の窓から下を覗くと、街灯の下、自転車を乗り捨てた蒼汰が、肩で息をしながらこちらを見上げていた。
彼は、私の「助けて」という一言だけで、夜の闇を切り裂いて駆けつけてくれたんだ。
「……蒼汰」
声にならない声を出す。
蒼汰は大きく手を振って、ジェスチャーで「降りてこい」と伝えてくる。
本当は、外出なんて許されない。でも、今、彼に会わなければ、私は一生後悔する気がした。
点滴の管を外した腕が痛む。ふらつく足取りで、夜間通用口へと向かう。
冷たい夜風が吹き抜ける玄関先。そこには、汗をかき、必死な顔をした蒼汰が立っていた。
「陽茉梨……っ!」
「……ばか。なんで、来ちゃうの……」
私は彼にぶつかるようにして、その場に崩れ落ちた。
蒼汰の腕が、私の体をしっかりと受け止める。
その瞬間、私の我慢は限界を迎えた。
「蒼汰、私……、手が、右手が動かないの。……怖いよ。このまま、全部消えちゃいそうで、怖い……!」
彼の胸に顔を埋めて、私は子供のように泣き叫んだ。
夜の静寂の中に、私の絶望が溶け出していく。
蒼汰は何も言わずに、私の震える右手を、自分の両手で包み込んだ。
大きな、熱い、魔法のような手。
氷のように冷たくなっていた私の指先に、彼の血液が流れ込んでくるような錯覚を覚える。
「……大丈夫だ。俺が、ここにいる」
彼の声も、微かに震えていた。
でも、その震えこそが、私への「愛」なのだと気づいてしまった。
「陽茉梨。……明日、もう一度、あの場所へ行こう」
「あの場所……?」
「ああ。お前と初めて会った、あのひまわり畑だ」
季節外れの約束。
でも、その約束が、私の止まりかけた心臓を、もう一度動かしてくれた。
(……動かない。動いてよ、お願い……!)
右腕に力を入れようとしても、指先ひとつピクリともしない。
昼間、蒼汰に見せた「元気なフリ」の代償。病魔は、私のささやかな日常を、容赦なく毟り取っていく。
孤独と恐怖が、真っ暗な部屋に押し寄せる。
誰にも言えない。お母さんを呼べば泣かせてしまう。看護師さんを呼べば、また「覚悟」の話をされるだけ。
震える左手で、枕元に置いたスマホを手に取った。
時刻は、深夜二時。
一番、世界から見捨てられたような気がする時間。
気づけば、蒼汰の連絡先を開いていた。
打てない文字。かすむ視界。
私はただ、一文字だけ、震える指で彼に送った。
【 たすけて 】
送信した瞬間に後悔した。
彼は明日も学校がある。彼には、私のいない場所で笑っていてほしい。
「送信取消」を押そうとしたその時、画面が明るく光った。
『今、病院の下にいる。窓、開けられるか?』
心臓が、痛いくらいに跳ねた。
這いずるようにしてベッドを抜け出し、窓際へ向かう。
三階の窓から下を覗くと、街灯の下、自転車を乗り捨てた蒼汰が、肩で息をしながらこちらを見上げていた。
彼は、私の「助けて」という一言だけで、夜の闇を切り裂いて駆けつけてくれたんだ。
「……蒼汰」
声にならない声を出す。
蒼汰は大きく手を振って、ジェスチャーで「降りてこい」と伝えてくる。
本当は、外出なんて許されない。でも、今、彼に会わなければ、私は一生後悔する気がした。
点滴の管を外した腕が痛む。ふらつく足取りで、夜間通用口へと向かう。
冷たい夜風が吹き抜ける玄関先。そこには、汗をかき、必死な顔をした蒼汰が立っていた。
「陽茉梨……っ!」
「……ばか。なんで、来ちゃうの……」
私は彼にぶつかるようにして、その場に崩れ落ちた。
蒼汰の腕が、私の体をしっかりと受け止める。
その瞬間、私の我慢は限界を迎えた。
「蒼汰、私……、手が、右手が動かないの。……怖いよ。このまま、全部消えちゃいそうで、怖い……!」
彼の胸に顔を埋めて、私は子供のように泣き叫んだ。
夜の静寂の中に、私の絶望が溶け出していく。
蒼汰は何も言わずに、私の震える右手を、自分の両手で包み込んだ。
大きな、熱い、魔法のような手。
氷のように冷たくなっていた私の指先に、彼の血液が流れ込んでくるような錯覚を覚える。
「……大丈夫だ。俺が、ここにいる」
彼の声も、微かに震えていた。
でも、その震えこそが、私への「愛」なのだと気づいてしまった。
「陽茉梨。……明日、もう一度、あの場所へ行こう」
「あの場所……?」
「ああ。お前と初めて会った、あのひまわり畑だ」
季節外れの約束。
でも、その約束が、私の止まりかけた心臓を、もう一度動かしてくれた。


