アリィの雄叫びに辺り一面は震えた。かつてない大声ではあるが私はまるで動じなかった。動いてはならない、身体も心もだ。私はそうでないとならない。
もはや畏敬も無ければ恐怖もない、いや、畏敬が無いからこそ恐怖がないのかもしれない。
口の中にたまった血を私は吐き捨てる。ここに痛みは、ない。勇者アリィに殴られてきた私がこれに痛がるはずがない。
私はそういうものなのだ。だからこいつから貰うものはもはやなにもない。
「テメェはよぉ。腰を壊して弱くなった俺の方が良いって言いてぇのか?」
「そう言っている。つまりはさっきからそう言っているんだ」
「……そうだよな。テメェは俺が弱って苦しんでいるのを見て嬉しかったろうしな」
「……あんたもこうなるんだと私は思っていた。哀しかったよ」
「そうだお前は俺を見下していた! そして喜んでいた!」
「そこも否定しない。私は確かに上から見ていた」
「そしてお前は俺を追放して俺の代わりに勇者になろうとしていた」
「違う!!」
私は間違いなく人生で一番大きな声を出した。目の前の男もそうなのだろう。驚いた顔をして私を見ている。後ろにいる者たちもそうだろう。
何よりも私も驚いている。これはきっと私がそう思われたくないものの筆頭だったのだろう……しかし。
「だけども、いまは違う。私はあんたをぶん殴りたい気持ちしかない」
「ほぉ~そうだよな長年の恨みがやっと晴らせるんだしな」
「そんな程度の低い話ではない。恨みなどない。無いんだよアリィ。だが今の私はあんたへの怒りでいっぱいだ。心底から許せないほどにだ」
「だからそれは昔からの恨みだろうに」
「だから違う。あの頃のあんたは最低最悪の人格だった。暴力的で下劣で傲慢で自分勝手で妄想狂でありとあらゆる業を背負っていたが、それでもあんたは勇者だった。それは自分自身に架した使命感ゆえにだ。世界平和のために勇者であろうとしていたあんたの背中を私はずっと見てきた……だがもうあんたはその背中を見せることをやめた。偉大であることをやめた。使命感を捨てその最強の力を己の欲望に用いるところにまで堕ちた。復讐? なんて……なんて下らないものに成り下がったんだアリィ!」
「勇者を……勇者をつけろよこのハンパ野郎!」
「あんたにその資格はもうない! あんたは勇者ではない! 死んだ……いいや殺されたんだ! その手によってな。それなのにその名を乗るのなら、この手であんたを殺し称号を取り返しここで継ぐ。ハンパというのなら今ここで完全となる! 構えろ、お前は追放だ!」
「あっあのロ二総司令官! 二人はああ言い争っていますが我々も参戦するべきでしょう! 指揮を願います!」
「いいえ手出し無用です。一対一で決着をつけるべきです」
状況に慌てふためく隊員たちをロニは制した。
「でっですが相手は魔王みたいですし滅茶苦茶に強そうじゃないですか! 全員でかからないと」
「下手をしたら魔王よりも強いですね。でもこれでいいのです」
「だったらどうしてわかりません! というかナキさんを見殺しにするつもりですか! あの人は魔術師でしかも補助魔法専門ですよね! 戦闘員ですらないじゃないですか! まさか生贄に捧げて我々は逃げろとか! そんなの酷すぎです! でも、やれというのならいますぐやりますよ!」
「……例の勇者アリィの隊が敵に囲まれ腰が破壊された戦闘における報告書をこのあいだ読みましたが、そこにはこう書かれていました。
敵の大軍に囲まれ最初に敵将に勇者アリィが倒され他の隊員は次々とやられて残ったのは数人になった、と」
「あの件ってたしかそんな感じでしたね。それがどうかしたのですか?」
「これ書いているのがナキ君本人ですが、続きはこうです。『自分自身に補助魔法をかけて戦い敵を壊滅させた』と」
「へっ? そんなことできるのですか?」
「出来ます。ですが補助魔法は基本的に自分以外の者達に掛けて、その効果を維持させるために魔力継続を集中させる必要があります。その際に自分自身に掛けると他への集中力が乱れるので自分には掛けないのが基本です。別に自分はその間は戦闘しませんからね。隊員全員ともなると負担も大きく自分に気を回る余裕はないですし、おまけに彼の場合は指揮も執ります。この指揮とサポートを同時に出来る時点で驚異的ですがね。
ですがあの全滅寸前の時に彼ははじめて自分自身に全魔力を用いて補助魔法を使い、その危機を脱しました」
「ですけど、補助は補助ですよね? ナキさん自身が強くないと意味はあまり……まぁナキさんって体格は良いがあまり強そうには見えませんし。脱出できたということは敵の数もそこまで多くは無かったとかでは?」
「……敵の数ですが完全に包囲された状態での奇襲から始まり、後の調査で戦力差は三倍以上だったとのことです」
「えっ? それって全滅!」
「そうはなりませんでした。生き残ったのはアリィとナキ君ほか数人、実質的に戦ったのはナキ君一人となります」
「どうなっているのです? だってあの人は魔術師ですよね」
「彼はいわば勇者アリィの弟子の一人で、若い頃から彼からみっちりと稽古というか可愛がりを受け続けていた。個人的にも鍛錬を積んでいるから元もそうだけどかなり強いの。ほらアリィに殴られているけど彼はあまり効いていないじゃない。
そんな彼が自分自身に対して全魔力で強化したら……そうなったのよ」
「たしかにナキさんって魔力が切れたから、補助魔法ができなくなったというシーンが一度もありませんでしたね。もとから魔力の数値は高いというのが評判でしたが、使えるのが補助魔法だけだからあまり注目されていませんでしたけど」
「それにね、これは僕の想像なんだけど、戦闘後にアリィがナキ君を不自然なほどに嫌うようになったという理由はそこにあると思うの。
報告書には勇者アリィは自分を置いて逃げろと言ったそうよ。でもナキ君は自らの力で敵を壊滅させた。全魔力を自分自身に掛けて戦うナキ君の姿をその時にアリは見てしまったのよ。
自分以上に強いものの姿を、または自分を超えそうなものの姿を。そして自分は壊れて弱くなりいつか不必要となり追放される恐怖を抱くようになった、これがナキ君への態度に繋がって追放されたと。
ナキ君はそこには気づかなかったでしょうがね。本人にそのつもりがないからこそ気づくはずもないけどさ。
だからこの戦いは一対一でないといけないのよ。加勢したら彼の性格的にそっちに補助魔法を使って集中力が乱れる。それに勇者アリィに匹敵するというのならそれは現役の全勇者の中で一番強いということ、たとえこの瞬間的に一戦であってもね。
つまりいまのナキ君は間違いなく、最強の勇者……もとい最強の補助魔術師になる」



