勇者殺しの最強補助魔術師 「お前は追放だ!」と私に言ったロートル勇者が堕ちて魔王となる物語


 どうして俺はこうなったのだろう? 

 アリィは森のなか腰痛によって倒れ地に伏した状態で思っている。

 一人で思った。

 いつも、思っているしいまは特にそう思う。痛みで動けず苦しいからこそ考えてしまう。

 己の人生を。

 こんなに自分を犠牲にしてきたのになんでこうなったのだ?

 俺ぐらい自分を犠牲にしてきた者は他にどこにもいないだろうという自負がアリィにはあった。

 そう、可能な限りの時間を俺は払ってきたと。二十六時間三百六十五日と俺の全てを世界平和のために捧げてきた。一秒たりとも自分の時間を持たなかった。俺はずっと勇者として世界平和に貢献してきた。

 なにが天辺超えの三十連勤だなにが残業二百時間だ何が三日間徹夜だ。俺と比べてお前らはラクをしているし頑張っていないからそこはちゃんと自覚しろよな。上には俺という究極の世界平和のために戦う勇者もとい奴隷がいるんだぞ。

 そうであるのに……誰も俺のその自己犠牲を認めてくれなかった。おかしい、こんなのは間違えている。

 お前らはこんなに楽をしているのに、お前らはこんなに休んでいるのに、なんで俺に感謝をしない? 俺の自己犠牲のもとにお前らの安楽があるんだぞ。

 俺がこんなにも頑張っているからお前らは楽しく過ごせているんだ。それなのになんで俺を蔑ろにする? お前らそれがおかしいと思わないのか?
 
 おかしいだろ、絶対に、おかしい。世のなか狂っている。

 そうだ俺は正しくてお前らは間違えている。特に離婚を申し込んで来たあいつは何もかもを誤っている。

「あなたは仕事しかしていない。仕事をすることで家庭から逃げている。仕事をする方が楽なんでしょ? いくらでも好きなことを好きにできるからね。そりゃあラクよ」

 ラクなわけあるか! だったらお前が代わりにやれ! 勇者をやれ! 己の全てを犠牲にしてやれ。
 
 一秒たりともさぼるな。一秒さぼったらお前は勇者失格だ。そして少しのミスも許されない! 勇者とはそういうものなんだ! 勇者は完全にやるからこそ勇者なんだからな。

 家庭から逃げている? 向き合っていない? そんなのは勇者のやることではないだろうに! お前は何もわかっていない。仕事しかしていない? 

 当然だろ。俺は勇者なんだ。勇者は勇者以外のことをしちゃいけないんだよ! 後のどうでもいい残りの雑務はお前や雑魚がやればいいんだ。それぐらいやれよな簡単だろ?

 そもそも家庭を顧みずに仕事に全てを捧げるからこそ、その行為に価値が出るのだ。ハンパなことをするぐらいならしないほうがいい。

 そういうのは0か100だ。俺は0なことはしたくはない。100のことだけするんだ。負けることはしないのが俺の信条だ。

 あなたともう一緒に暮らせない? 再婚する? いいぜ好きにしろ。俺の仕事の崇高さが分からない女なんてこっちから願い下げだ。えっ? 娘は連れて行く? いやちょっと……それだと誰が俺の世話を……

「クソッたれが!」

 思い出し怒りによってアリィは地面に拳を突き立て叫んだ。

「お前ら全員呪われろ!」

 俺は俺の全てを捧げたのになんだこの仕打ちは。

 妻は俺を見捨て娘は挨拶もせずに俺から去り、隊員は俺を邪魔者扱いする。いったい俺が何をしたというんだ! ふざけるな死ね! お前らは魔王よりも敵よりも遥かに邪悪だ! 俺の恩恵を受けている癖に俺を蔑ろにするとは悪魔か? そうだ悪魔そのものだ!

 こんなに身体がボロボロになっても誰も気の利いた気遣いをせずに、逆に俺の癇に障るように扱う無神経さ。もっと労われよ、俺は俺を労わることができないんだから、お前らが俺を労わるしかないんじゃないか。

 理屈としてそうなるだろうに! そういうことをしなかったから俺はこうなったんだぞ。

 見ろよこの身体を! この俺の身体がボロボロなのはお前らのせいだ! そしてこの先の戦いで魔王軍に倒されて野垂れ死にしたらそれはお前らのせいだ。

 言い訳するな逃げるな! 違う? いいやそれこそ違うな! そんなの決まっているだろ! お前らが俺を見捨てたからだ。 

 お前らが俺を邪険に扱い優しくしなかったからだ。なにが自分で自分を労り優しくしろだ。なにが自分の機嫌は自分で取れだ。俺がそれを出来ないのを知ってそう言っているのか?

 自分に優しくするとか勇者や男のやることじゃないんだよ、分かんねーかな、なんで? バカなの? 少しは考えろ!

 お前らがそれをやるんだよ! 俺はこんなに自己犠牲の精神を発揮しているんだからさぁ。ラクして休んで暇だろ? 俺と違ってお前らはさ! 

 だが馬鹿なお前らはそれをせずに俺はこの先で死ぬ。俺の無惨な死体を見てお前らはやっと己の罪を知るんだ。

 ああもっと優しくして気遣っていれば良かったのに、と。そうやって一生後悔しろ! 死ぬまで後悔しろ! それで俺の死は完成するんだ。

 おのれの罪深きを知れ!

 お前らの永遠の傷となってやる、お前らのせいで俺は死ぬんだからな!ああ楽しみだ。お前が後悔している顔を想像するとハハッザマぁみろだ!

 今更懺悔したってもう遅いからな! 一生を台無しにしてしまえ!

 …………チクショウが! 俺は人生の最後で思うことがこんなことなのか?

 こうやって世界を呪って死ぬことが俺の目指していたことなのか? 社会に呪詛を振り撒いて皆の不幸を願うことだけの存在に成り下がったのが……俺?

 おい俺はもう闇に堕ちているんじゃないのか? 腰を壊した時から……あいつを追放した時から……俺は堕ちてしまった。つまりもう俺は……勇者ではないのでは? じゃあ俺ってこの存在ってなんなんだ?

「助けてくれ……」

 俺は生まれて初めてその言葉を口にした。今まで心の中で助けを求めても誰も助けてくれないから、察してもらおうと機嫌や態度でその助けを示してきたが、今日生まれてはじめて声にして助けを求めた。

「助けてくれ!」

 いつものように誰も俺の苦しみを分かってくれないしこの思いを無視されることは分かっている。だけどもう駄目なんだ! どうか俺を、勇者でなくなろうとしているこの俺を助けてくれ!
 
 誰でもいいなんでもするから助けてくれ!

「助けてくれ!」
「助けてええええええ!!」

 俺の声に呼応する声が聞こえてきた。女の子がこっちに向かって走ってきている。

 その顔は泣いており絶望の淵にいるみたいだ。だから俺は腰の痛みを忘れ立ち上がり両手を広げた。

 絶対に受け止められるように助けられるように、そうするとその女の子は俺の胸に飛び込んで来た。

「お願い助けて! 悪い奴らに追われているの、お願い!」

 この子はもしかして! 俺がそう思うと女の子は顔をあげた。瞳が合い、俺の思考は停止する。

「あなたは誰?」

「俺は……俺は、勇者だ。わかったお前を救う」

 そして……俺自身も救う、と。