4年生で担任が変わってからは違う。6年生まで担任を務めることになる、しんじ先生。クラスメイトには人気の先生で「6年生でも先生でいてほしい」という希望もあったくらい。
真面目な先生だったが、遊びやお楽しみの場面では、おふざけや笑いネタ、下品ネタを大笑いしてくれる。でも、授業中にそのようなことをしたら叱る。場面によって、してもいいこととしてはいけないことを感覚的に身に着けてくれた先生。
4年生の頃の遠足で、配水所やダム、浄水場に行く際の下調べの学習に乗り気ではなかったとき「遠足は旅行ではない」と言われ、社会科の授業の一環で行くことを教えてもらった。
学期末のお楽しみ会は、あさみ先生の頃は、誰の出し物も、個人の出し物も受け入れてくれたが、しんじ先生は、班ごとの出し物になった。自分個人の出し物のほうが、自分の好きな進行で、自由にできるけど、班ごとの演劇やクイズなどは、チームワーク性を学ばせてくれた。
しんじ先生との学びは、全ていいものではなかった。「学校来なくていい」と言われた日があり、下校後母に伝えた。しんじ先生は、叱り方に問題があったのだろう。山形先生に、自分の障がい特性について訊いてみたとき、母の知識とは違う、差別的な表現があり、しんじ先生と山形先生に母は連絡帳で厳しく指摘することもあった。
真面目な先生だったが、遊びやお楽しみの場面では、おふざけや笑いネタ、下品ネタを大笑いしてくれる。でも、授業中にそのようなことをしたら叱る。場面によって、してもいいこととしてはいけないことを感覚的に身に着けてくれた先生。
4年生の頃の遠足で、配水所やダム、浄水場に行く際の下調べの学習に乗り気ではなかったとき「遠足は旅行ではない」と言われ、社会科の授業の一環で行くことを教えてもらった。
学期末のお楽しみ会は、あさみ先生の頃は、誰の出し物も、個人の出し物も受け入れてくれたが、しんじ先生は、班ごとの出し物になった。自分個人の出し物のほうが、自分の好きな進行で、自由にできるけど、班ごとの演劇やクイズなどは、チームワーク性を学ばせてくれた。
しんじ先生との学びは、全ていいものではなかった。「学校来なくていい」と言われた日があり、下校後母に伝えた。しんじ先生は、叱り方に問題があったのだろう。山形先生に、自分の障がい特性について訊いてみたとき、母の知識とは違う、差別的な表現があり、しんじ先生と山形先生に母は連絡帳で厳しく指摘することもあった。

