精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道

美少女だったあの頃の自分へ、アラサーになった自分から伝えたい。当時はあんなにかわいかったのに、肥満になり、むくんだ不格好な体になってから、やっと「自分はかわいい」と気づいたんだよ。何でもっと早く気づかなかったんだろう。容姿を生かして、人たらしにもなれたはずだし、良い待遇も受けられたはずなのに、よりによって美少女じゃなくなったあとに気づくなんて、皮肉だよね。美人なら、もっと人生が楽しめたはずなのにね。

でも、人は容姿だけだとだめだって気づくときもくるんだよ。将来出会う好きな人って、タイプの見た目とは違う部分があっても好きになるし、自分の好みのタイプではない、長身やたれ目、男性的な人、大人っぽい容姿の人も、性格がいいところが好きになるんだよ。見た目だけの長所があったこと、それに気づけたら、もっと違った少女時代の生き方ができたのに。

いくら美少女でも、他の人と違い過ぎて、しつこ過ぎると、いじめられるし、嫌われるし、愛されない。美少女時代、声をかけた人々や、握手を求めてきた人は、本当の「積極奇異でわがままな障がい者」を知らない、見た目だけで判断して寄ってくる、見た目の長所しか見えていない悪い奴らだよ。

心の底から愛されて、美しい人は、見た目がきれいな人ではなく、性格がいい人。当時の自分は、いじめっ子の容姿に惑わされて、嫌いになれなかった。そのうち、重要なのは、見た目じゃないことに気づくよ。体格も心も年齢も大きくなった自分になるまで、いろんな見た目や内面の人たちと関わって「本当の愛の形」に気づいていってね。