精神障がい、性的違和の知暖が学んだ「真実の愛」と「人生の正解」を目指す道

苦手だった子もいる。大人になった今でも似たような人間関係の傾向で、学校や施設などで付き合いがあると、苦手意識があっても、共通の趣味がある以上、仲良くしてしまう。クラスメイトの、児童会長的な女子。うちの学校は児童会長という言葉や会長選挙はなく、運営委員会委員長って感じだった。

その女子は、親が婿取りの家で、両親が結婚したとき、父親が母親の名字を名乗った。当時は母親が年上である友達の家でも、父親の名字を継承していき、その家だけなんか他と違う、女性配偶者(妻・母親)の強さや権力のようなものを感じた。

その女子の気に入らないことや不満は結構あって、自分は理不尽な扱いをまわりからうけた。その子は、学生時代は先生に叱られた経験はないそうだ。本人は家庭で、親には妹との喧嘩で怒られたくらいで、児童会長的ポジションからわかる通り、普段からきちんとした女子。

気に入らなかったことは、椅子の脚に、自分の足の指を挟んでしまい、痛がっていたら、その子に大きな声で笑われた。少しニュアンスが違うかもしれないが「不幸を笑った」と思った。自分はそれが嫌で騒いでいたら、自分がしんじ先生に叱られた。

他にもまだまだある。旧市街地の再活性化を考える授業で、自分が出した案をパクられた。その子に悪意はないと今は思うが、自分は相当頭にきた。このとき確か、その子の首を絞めた。その子は泣いた。もちろん子どもの自分には、傷つけるつもりはなく、絞めたというよりは首を手で押さえた感じ。

他にもありそうだが、その子に対する不満は割と多く、勉強を妨害するため、髪の毛を結んだ。ヘアゴムで縛るのではなく、髪1本を手で結んで絡ませた感じ。当時はそれほどまでに自分の感情を制御できなかった。

その子が優等生扱いを受けていて、叱られるようなイメージがなかった分、その子がこっちにとっての意地悪なことをしてきたとき、相手が悪いと自分は思うのに、いつも自分が叱られたこと。相当不満に思っている。当時の認識は、その子が「えこひいき」されていると感じた。理不尽さや不平等さを感じた。またニュアンスが違うかもしれないが、叱られないための何かを持っていると思う。

その子は、中学校では生徒会長になった。自分と同じ小学校出身者から生徒会長がデビューしたことは当時嬉しかった。でも、今となっては、その嬉しさは、よくわからない気持ち。

母親は美容院を経営していたが、本人の将来の夢は、飼っていたウサギの病気を見つけられなかったことがきっかけで、獣医になると決意したらしい。もう獣医学の道へ進んでいたとしたら、今の僕は本当に同級生に置いて行かれていると思う。