こんなに苦労する恋愛は君が初めてです。

私は失敗が怖い。

だって失敗をすると怒られるし、嫌われるから。

昔テストで80点を取ったらすごく怒られた。

家に入れて貰えなかった。

授業参観の時に間違った解答をした。

ご飯が貰えなかった。

好きな子に告白した。

もっと可愛い子が良かったと言われた。

1人の帰り道は寂しいな。

彼と別れた後、重い足取りで歩みを進める。

前髪を上げて可愛く結った髪を解く。

もっとオシャレな服を着たり髪を巻いたりしてみたいと思ったことはある。

けど、それで何か失敗するのが怖い。

失敗したら良くないことが起こる。

眼鏡をグッと押し上げ頬を伝う水滴を拭った。

きっとまたすぐに別の子に想いを向けるだろう。

その時まで……いやその時が来てもこの気持ちは閉まっておく。

俯きがちに歩いていくと後ろから声をかけられた。


「ねぇお姉さん、今暇?」


「暇じゃないです」


手首をガッシリと掴まれる。

痛い。


「あの、離して」


「今からさ〜遊ぼうよ。暇でしょ?」


「だから違うって」


グッと手を引き抜こうとしたら、それより強い力で返される。

ヒッと短い悲鳴が口から漏れた、

何を失敗したんだろう。

人にぶつかりそうになったから?

昨日問題を沢山間違ったから?

震えて箸を落としたから?

全部か。

出来なかったから……ちょっと幸せになって気が緩んだ罰か。

怖くて体が震える。

ここは人通りも少ないし目の前の彼にとっては凄く都合のいい場所だ。


「ちょっとお兄さん、何してるんですか〜?」


聞きなれた声が鼓膜を揺らす。

手首をガッシリ握っていた手はいつの間にか消えていた。


「なんだよお前?俺は後ろの子に用があんだよ」


「人の彼女にちょっかい出すのはやめて頂きたい」


「彼女だぁ?」


納得していない様子で舌打ちをする。

そんな人に蘭くんはスマホを掲げた。


「あんまり下手なことやらない方がいいですよ、通報しましたから」


「クソッ」


それ以上深追いすることなく去っていった。

ゆっくりと振り向く彼に目を逸らせない。


「怪我は無い?」


「あっうん、っていうかどうしてここに……」


迷ったように視線を彷徨わせたり、口を開いたり閉じたりしている。

意を決したのか黙って頷いた。


「忘れ物届けに来る建前で家まで送りたいから来ちゃった」


不安なのか首を掻く。

思っていたことがそのまま口に出る。

手で抑えるのを忘れてしまう。


「どうして正直に話せるの?」


ぱっちりとした瞳が揺らぐ。

失敗した。

こんなこと訊いてなんになる。

心臓がバクバクと鼓動を速めていく。


「確かに嘘をつこうか悩んだよ。でも真希ちゃんは〝気持ち悪い〟とは思っても〝嫌い〟にはならないんじゃないかと思って」


鈴の音が鳴る。

周囲の空気を律するようなそんな音。

キーホルダーから聞こえたにしては大きすぎる。


「どうして……」


視界がぐにゃぐにゃに曲がっていく。

蘭くんが驚いている。

言葉を紡ぎ出さなきゃいけないのに。

喉を締め付けらているのか何も出てこない。

嗚咽ばっかり溢れ出す。


「どうしてっ…………」



雫でレンズが見えにくくなる。

彼の服を掴む手は緩まずにどんどん力がかかっていく。

離さなくちゃ、皺になっちゃう。

気道はずっと塞がりっぱなしで、それでも伝えなきゃと口をパクパクさせる。

蘭くんは気持ちを伝えてくれたんだ。

私も……答えなくちゃ。

唇を噛んで思いきり息を吸い込む。

吐き出すのに失敗して咳き込んだけど気にしない。


「蘭っくんは!なんでっ!!私を選んだの」


言えた。

全身が沸騰するのと同時に頭が真っ白になる。

膝から崩れ落ちそうになるのをぎゅっと抱き上げられた。

きょろきょろと辺りを見回した後、手を掴んでここを離れる。

しっかりと握られた大きな手から熱が伝わってきた。

少し歩いた先のベンチに腰を下ろす。

茜色が遊具を照らし2人しかいない公園を映し出した。


「一目惚れだったんだよ。教室に風が入ってきたときに顔が見えて、えっ好きってなって……そこから真希ちゃんのことが気になって今に至るってわけ」


案外単純な理由で驚いた。


「ってか真希ちゃん、前髪上げてるの可愛いね。似合ってる


そう言って額にキスをされる。

びっくりして押しのけてしまった。


「何急にっ!?」


「キスしやすそうなおでこがあったので」


ふふっと笑う姿に私は顔が熱くなる。


「こういうのさ、自分からやったの初めて」


「嘘だ」


「嘘じゃないよ」



柔和な表情から真剣な顔になった。

場違いにも色んな顔があって面白いなと思う。

…………この人なら好きって言ってもいいんじゃないか。

いや……でも……。


「大丈夫?」


ハッと我に返る。

そうだ、今私前髪無いんだった。

普段隠せてる表情が露わになっている。

恥ずかしさから前髪を下ろそうと手をかけるが、サッと制止された。


「まだ見てたいからやだ」


「慣れてないんだけど」


「これから慣れたらいいんだよ」


サラッと言えるのずるい。

ぷくっと頬を膨らませるとツンツンとつつかれた。

まるで恋人のような行為に焦って周囲を見渡す。

良かった、誰もいない。

ほっと息を吐くと彼はまた真剣な顔で私を捉えた。



「答えたくなかったらいいんだけどさ……何かあったの?」


ズキンと胸が傷む。

今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。


「どうして?」


「勘違いだったら申し訳ないんだけど1年生の時と雰囲気違うなぁと度々思っててですね」


変な喋り方にクスッと頬を緩ませてしまった。

乾いた唇を舌で舐める。


「ちょっと長いかもだけど聞いてくれる?」


「もちろん」


早まる心臓を抑えるために深呼吸をする。


「私ね、失敗が怖いんだ。テストで低い点数取っちゃったり間違ったことしたら怒られるの」


下に向けていた顔を無理やり蘭くんの方に向ける。

昔みたいな笑顔で会話を喉奥から引っ張り出す。


「蘭くんの前に好きな人がいたんだ。その時に勇気をだして告白したんだけどダメだったなぁ……私……かわいく……なかったからなぁ……」


最後は言葉になっていなかったかも知れない。

ボロボロと壊れたおもちゃのように制御が効かなくなってきた。


「そっか」


視界がぼやけて、甘い香りのするハンカチで涙を拭われる。

その優しさにまた溢れていく。

彼はベンチから腰を上げると私の前に跪いた。

手を取り両手でしっかり握られる。


「僕と付き合ってください。」


「でも」
「重いけど君を一生をかけて幸せにしたいんだ」


私の中で何かが崩れ去る。

人前で初めてわんわん泣いた。

頬が濡れる度に蘭くんが拭ってくれる。

励ましや慰めの言葉がないのが今は心地良かった。

ひとしきり泣いた後、家まで送ってくれる予定だった彼とは別れて懐かしい母方の祖母の元へ向かう。

チャイムを押すとにっこりと微笑む祖母が出迎えてくれて私はまた泣いてしまった。