ノイズの向こうできみは歌う

なんと答えたらいいのだろう……。
俺が迷っていると、山都のお母さんは助け舟を出してくれた。
その顔には苦笑が浮かんでいる。

「こんな話題、返事しづらいわよね。ごめんなさいね。おばさんのひとり言だと思って、聞き流してくれていいからね」
「はい……」

歯切れの悪い返事しかできない俺を気にすることなく、山都のお母さんは話を続けた。

「昔はちゃんと『お兄ちゃん』って呼んでたのに、いまじゃ〝ああ〟だからね。私に気を遣ってるのかもしれない。……あの子は強いけど脆いところもあって、でもちゃんと『家族』が揃っていたら、耳のことももう少しなんとかなったかもしれないのに……。母親失格ね」

最後の方は、手を洗う水の音に紛れさせたつもりなのかもしれない。
だけど俺には聞こえてしまった。

「離婚して」

こんなことを言ってもいいのだろうか。
カウンター向こうの山都のお母さんの目がこっちを向いたから、意を決して俺は続ける。

「離婚して、離れ離れになる家族の方が多いんだと思います。親権とか、結構複雑だって言うし……。でも山都は、いつも帰り道も楽しそうです。家が、お母さんが好きじゃなかったら、そんな風にはならないんじゃないでしょうか」

こんなこと、生意気かもしれない。
人生経験少ないガキがなに言ってんだよって。

でも山都は笑っていた。
両親の離婚とか、難聴とか全部を飲み込んで。

そりゃあ不安になることもあるだろう。
俺だって想像しただけで落ち着かなくなるんだ。

だけどあの笑顔は嘘じゃない。
たとえ瞬間瞬間のことであっても、心から人生を楽しんでいる。

山都のお母さんは、手を止めて、俺の顔を見ていた。

「あの子のこと、好き?」

なっ……にをいきなり!
思いもよらなかった問いかけに、俺は表情を取り繕うことができない。
もうそれだけで察されていそうだ。

「あ……と、はい……。守ってやりたいな、と思います。実際、救われたのは俺の方なんですけど」

あの笑顔に救われた。
山都がいなかったら、俺はバンドの世界に戻って来られなかっただろう。
大好きな場所へと。

山都のお母さんはふわりと笑った。
あ、こういう顔は、山都に似てるかも。

「あの子のこと、見ててくれたら嬉しいわ。あの子もジョージ君のこと、大好きだから」

ベーシストとしてですけどね。

まぁ今はそれだけでもいいだろう。

玄関のドアが開く音がした。