ノイズの向こうできみは歌う

だー!
余計なことを言うのはこの兄か!

俺は急いで飯をかき込んで、「ごちそうさま!」と席を立った。

茶碗を流しに浸けに行く俺の背中に、兄貴が声をかける。

「照れるなよ譲二~。減るもんじゃなし」
「減る! 確実に減る! 兄貴にからかわれたら!」

兄貴も母さんもおかしそうに笑っている。
くそ、他人事だと思って……。

俺はそのまま居間を出ようとする。

「譲二、ごはんはもういいの?」

ちょっとからかいすぎたと思ったのか、母さんが問いかけてきた。

俺はドアノブに手をかけて、母さんの方を見ないまま答える。

「ベース、部屋で練習するから」

ちゃんとバンドのことを話すべきかもしれない。
心配掛けたんだ。

でもそのときの俺は、照れ臭さの方が勝って、居間を去ることしかできなかった。

俺のいなくなった居間で、兄貴と母さんが嬉しそうに顔を見合わせたことを、部屋に戻ってしまった俺は知らない。

   *

実家を出て初めて母親のありがたさがわかる。
とはよく聞くけれど、確かにそうだ。
飯こそ兄貴が作ってくれてるけど、掃除洗濯は俺の仕事だ。

だけどここでは母さんが全部してくれる。
ビバ実家。

とはいかなかった。

「譲二、手開いてるなら胡椒買ってきてくれない?」
「えー? 俺、いまベース弾いてんだけど」
「夕飯食べないの?」
「……行ってきマス」

帰ってきた日こそ喜んだ母さんだったが、二日目ともなるとこの有り様だ。

はいはい、働かざるもの食うべからずデスネ。

日が傾いてきたとはいえ、真夏の夕暮れだ。
まだ射すような日差しは健在で、俺はなるべく日陰を選んで歩いた。

スーパーの冷房に程よく冷やされた体は、外に出るのを拒んでいる。
だけど帰らないわけにはいかない。
俺は意を決してスーパーを出た。

「ジョージ?」

そう声をかけられたのは、家まであと五分のところだった。

声でわかってしまって、ぎくりとする。
『あのこと』は、俺の中ではまだ過去のできごとじゃないのだ。

「真吾さん……」

振り返るとそこにいたのは、かつてのバンド仲間の真吾さんだった。

真吾さんはスコアのドラマーで、リーダーでもあった。

約一年振りに見る姿は、あの頃と少しも変わっていない。
背が高くて、ダボっとした服を好んで着て、穏やかそうな目。
他のメンバーと衝突するとき、いつも宥めてくれたのは真吾さんだった。