ノイズの向こうできみは歌う

お盆の時期三日間は、学校も閉まってしまう。
その期間は練習もお休みにしよう、と俺は短い夏休みを与えられた。
いや、ずっと夏休みではあるんだけど。

リュー先輩のスパルタっぷりが、すごかったのだ……。
あの人ドラムなのに、なんであんな的確にベースの指導をできるんだ?
さすが超人。
山都とリュー先輩で、まさにアメとムチだった。

でも、いつもお菓子を用意してくれるんだよな。
調理室でよく冷やしていたゼリーは、おいしかった。
リュー先輩、お菓子屋さんでも開けるんじゃねぇの?

それを言ったらきっと「だから医者だっつってんだろ」ってデコピンされるんだろうけど。


短い夏休み、俺と兄貴は実家へ帰省していた。

あのアパートから電車で三十分の距離だ。
でも一学期の間、一度も帰っていなかった。
帰ってしまったら、昔のバンド仲間に会ってしまうかもしれない。
それが怖くて、帰るなんてできなかった。

「お、母さん駅まで迎えに来てくれるって」

隣に座る兄貴は、スマホをいじりながら言う。
俺はぼんやりと窓の外を見ていた。

「どういう心境の変化?」
「え?」

隣に目を向けると、物言いたげな兄貴と目が合った。
心配してるというより、楽しんでる顔だ。

俺はふいっと顔を背けて、頬杖をついた。

「別に」
「あの子のおかげかな?」

わかってんなら聞くなよ。

黙り込んだ俺は、座席の背にずるずるともたれかかった。

自覚がないわけではない。
山都と出会って、自分でも驚くほどの変わりっぷりだ。
あんなに二度とベースは弾かないと思ってたのに。
どうやったら万全の状態で山都が歌えるか考えてる自分がいる。

俺は、隣に座る兄貴をちらりと見た。
母さんに返事を打ってるのか、その視線はスマホに注がれていて、俺が見てることに気がついていない。

「兄貴ってさ、スタジオで働いてるんだよな?」
「んー? うん。そうだけど、なに?」
「あのさ、例えばなんだけど……。耳が聞こえにくい人と音楽をやりたい場合、兄貴ならなんに気をつける?」

俺は床を見つめていた。

独学では限界がある。
ピッチやテンポは俺が気づくことができる。

だけど聞こえないのは、俺じゃない。
いつも笑顔の山都が、心の中で本当はどう思ってるか、わかる方法がほしい。

左頬に兄貴の視線を感じた。
「例えば」なんて言ったけど、察しのいい兄貴のことだ。
誰のことかなんてすぐにわかってしまっただろう。

「そうだなぁ。あのさ、俺、大学時代に聴覚障害のやつがいたんだよ。聴覚障害者ってさ、一見わかんないじゃん? 俺も最初補聴器をイヤホンだと思ったくらいだし。そいつが言うんだよ。『自分は特別なんかじゃない』って。そいつにとって、聞こえないことは当たり前のことなんだ。構えないでほしいって」