銀座から少し外れた路地裏。
石畳は雨の名残でわずかに光り、
街の喧騒は角を曲がるたびに遠のいていく。
看板も小さく、知らなければ通り過ぎてしまうようなバー。
カウンターは8席だけ。
希は月に2、3回、必ずひとりで来る。
誰にも気を遣わなくていい場所。
肩書きも、実績も、評価も、ここにはいらない。
赤ワイン。ブルゴーニュ。
そして装丁の美しいハードカバー。
今日は空間デザインの写真集。
紙の厚み。インクの匂い。
ページをめくる音さえ、心地いい。
細くて静かな指先が、
ゆっくりと次のページへ滑る。
ドアのベルが鳴る。
希は顔を上げない。
ここは“誰にも邪魔されない場所”。
仕事関係の人に会うこともない。
だからこそ、気を抜ける。
けれど。
「マスター、赤を。重すぎないもの」
その声に、ページをめくる手が一瞬止まる。
低くて、落ち着いた声。
どこかで聞いた。
(…あれ)
視線だけ、ほんの少し横に流す。
カウンターの端。
スーツ姿の横顔。
照明に照らされて、影が落ちる輪郭。
旬だった。
旬も同時に気づく。
「……あ」
小さく、間の抜けた声。
目が合う。
これで2度目。
現場での「お疲れ様です」程度の距離感。
偶然にしては、出来すぎている。
けれど仕組んだわけでもない。
希が先に微笑む。
「こんばんは。先日はお疲れ様でした」
石畳は雨の名残でわずかに光り、
街の喧騒は角を曲がるたびに遠のいていく。
看板も小さく、知らなければ通り過ぎてしまうようなバー。
カウンターは8席だけ。
希は月に2、3回、必ずひとりで来る。
誰にも気を遣わなくていい場所。
肩書きも、実績も、評価も、ここにはいらない。
赤ワイン。ブルゴーニュ。
そして装丁の美しいハードカバー。
今日は空間デザインの写真集。
紙の厚み。インクの匂い。
ページをめくる音さえ、心地いい。
細くて静かな指先が、
ゆっくりと次のページへ滑る。
ドアのベルが鳴る。
希は顔を上げない。
ここは“誰にも邪魔されない場所”。
仕事関係の人に会うこともない。
だからこそ、気を抜ける。
けれど。
「マスター、赤を。重すぎないもの」
その声に、ページをめくる手が一瞬止まる。
低くて、落ち着いた声。
どこかで聞いた。
(…あれ)
視線だけ、ほんの少し横に流す。
カウンターの端。
スーツ姿の横顔。
照明に照らされて、影が落ちる輪郭。
旬だった。
旬も同時に気づく。
「……あ」
小さく、間の抜けた声。
目が合う。
これで2度目。
現場での「お疲れ様です」程度の距離感。
偶然にしては、出来すぎている。
けれど仕組んだわけでもない。
希が先に微笑む。
「こんばんは。先日はお疲れ様でした」
