Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

都内のレストラン。
仕事関係の食事会。

希は黒の、パンツスーツに淡いリップ。
いつもの凛とした顔。
頭は仕事モードのはずだった。


乾杯から30分ほど経った頃。
少し離れた席で聞こえた名前。

「佐伯さんて彼女いるの?」

女性の声。

希の指が、グラスの脚で止まる。
何気ない顔のまま、耳だけが研ぎ澄まされる。

「どうなんだろうな」

低い声。
振り向かなくてもわかる。

将暉。
旬の友人だと、以前ドライブ中に聞いたことがある。

「なんか結婚考えてる人いるらしいよ」

「そうなの?残念」

軽いトーン。
でも、その言葉は重かった。


希の耳鳴り。
結婚。
彼女。
いるらしい?

旬は言った。

「いませんよ」

即答だった。
ここ数年は、と。

じゃあ、私は?

頭が真っ白になる。
料理の味がしない。
会話が遠い。
笑っている自分がいる。
でも、中身がない。

帰り道

タクシーの窓に映る自分の顔。

冷静すぎる。
感情を抑えている自分。

(違うよね?)
(何かの勘違いだよね?)

でも、心の奥はざわつく。

もし本当だったら——

名前をくれない理由。
はっきり言わない理由。
全部、繋がる。

胸がぎゅっと締めつけられる。
息が少し、詰まるような感覚。

希は窓に手を触れる。
冷たいガラスの感触が、少しだけ心を落ち着ける。

でも、心はもう静かじゃない。
言葉にしていない想いが、確かに波打っている。


タクシーは静かに走る。
街の光が揺れるたび、胸の奥の不安が揺れる。
希はそっと目を閉じる。
答えを求めるわけじゃない。
ただ、確かめたいだけ——。

その夜

スマホの画面が震える。

旬からのメッセージ。

【今日、どうだった?】

既読はついている。
でも、指は動かない。
返信できない。

希はスマホをそっと伏せる。
心臓がざわつく。
息が少し詰まる。

少しして、電話。
画面が震える。
出られない。