Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

コートを掛け、
部屋に入る旬。

観葉植物に目を止める。

「落ち着く部屋だね」

「植物があると安心するんです」

少し照れたように笑う。

キッチンに立つ希。

エプロン姿。

後ろで結んだリボン。

袖をまくる仕草。

旬はダイニングから見ている。

包丁の音。

一定のリズム。

トントン、と小気味よい。

湯気が立ち上る。

オリーブオイルの香り。

ハーブの匂い。

ワインのコルクを抜く音。

五感が、静かに満たされていく。

「料理の仕事までしてるの?」

旬が聞く。

「たまにです」

振り向かずに答える。

でも、声は少し誇らしげ。

旬はふと、続ける。

「誰かのために作るのは?」

包丁の動きが、ほんの少し止まる。

「誰かとは?」

振り返る。

目が合う。

「彼氏とか」

言いながら、
旬の胸が、静かに揺れる。

聞きたいような、
聞きたくないような。

ほんの少しの緊張。

希は一瞬だけ考え、
それから笑う。

「この企画、“彼に振る舞うワインのおつまみ特集”なんですよ」

少し肩をすくめる。

「笑っちゃうでしょ。彼氏に作ったこともないのに」

いたずらっぽい目。

無邪気な自虐。

その横顔が、たまらなく愛しい。

胸の奥が、熱くなる。

(じゃあ、今日が最初かもしれない)

そんな言葉が、喉まで出かかる。

でも、飲み込む。

まだ、急がない。

希は皿に盛りつける。

白い器に、彩りよく並ぶ料理。

トマトの赤。

ハーブの緑。

チーズの淡い白。

ダイニングテーブルに運ぶ。

「試食係、お願いします」

少しおどけた声。

旬は椅子を引く。

「責任重大だね」

グラスにワインが注がれる。

淡いルビー色。

グラス越しに見る希の顔が、
少しだけ揺れる。

「乾杯」

グラスが触れ合う。

小さな音。

その瞬間。

ただの試作じゃなくなる。