控室は、イベントの喧騒が嘘のように静かだった。
照明の落ち着いた空間で、
希は最終確認の資料に目を通している。
ノックの音。
「失礼します」
低くて落ち着いた声が、空気を震わせた。
顔を上げると、スーツ姿の男性が立っている。
整った身なり。無駄のない立ち姿。
けれど威圧感はない。
「今回の空間、素晴らしいですね」
まっすぐな賛辞だった。
営業トークの響きではなく、
本心から出た声。
希は一瞬だけ、その目を見つめる。
観察するように、けれど失礼にならない程度に。
そして、すぐに軽く微笑んだ。
「ありがとうございます。でも建物自体が素敵だからです」
さらりと返す。
自分の手柄にしない。
驕らない。
その言葉に、旬はわずかに驚く。
普通なら、自分のコンセプトや苦労話を語るところだ。
若くしてここまで任されるなら、なおさら。
なのに彼女は、
まず“器”を作った側に敬意を向けた。
若いのに、すごいな。
旬はそう思う。
「青山不動産の——」
名乗ろうとした瞬間、希が先に言った。
「再開発担当の方ですよね」
柔らかい声。
「箱があってこその演出ですから」
希はそう続ける。
謙遜ではない。
本気でそう思っている顔。
⸻
希は、この手の男性に慣れている。
肩書き。
地位。
野心。
“若くして成功している自分”を前に出す人。
褒める言葉の裏に、
評価や値踏みが混ざる人。
けれど、目の前の彼は少し違った。
目が、誠実だった。
空間を見る目と同じで、
人を見る目にも曇りがない。
試すようでも、支配するようでもない。
ただ、興味を持っている。
それが伝わる。
「もしよければ、完成後の写真を共有していただけますか」
旬が言う。
「次のプロジェクトの参考にしたい」
ビジネスの顔をしているのに、
どこか個人的な響きがある。
希は頷く。
「もちろんです」
ほんの数分の会話。
名刺交換。
それだけ。
なのに。
控室を出たあと、
お互いがふと振り返りたくなる。
静かな出逢い。
けれど確かに、
何かが動き始めていた。
照明の落ち着いた空間で、
希は最終確認の資料に目を通している。
ノックの音。
「失礼します」
低くて落ち着いた声が、空気を震わせた。
顔を上げると、スーツ姿の男性が立っている。
整った身なり。無駄のない立ち姿。
けれど威圧感はない。
「今回の空間、素晴らしいですね」
まっすぐな賛辞だった。
営業トークの響きではなく、
本心から出た声。
希は一瞬だけ、その目を見つめる。
観察するように、けれど失礼にならない程度に。
そして、すぐに軽く微笑んだ。
「ありがとうございます。でも建物自体が素敵だからです」
さらりと返す。
自分の手柄にしない。
驕らない。
その言葉に、旬はわずかに驚く。
普通なら、自分のコンセプトや苦労話を語るところだ。
若くしてここまで任されるなら、なおさら。
なのに彼女は、
まず“器”を作った側に敬意を向けた。
若いのに、すごいな。
旬はそう思う。
「青山不動産の——」
名乗ろうとした瞬間、希が先に言った。
「再開発担当の方ですよね」
柔らかい声。
「箱があってこその演出ですから」
希はそう続ける。
謙遜ではない。
本気でそう思っている顔。
⸻
希は、この手の男性に慣れている。
肩書き。
地位。
野心。
“若くして成功している自分”を前に出す人。
褒める言葉の裏に、
評価や値踏みが混ざる人。
けれど、目の前の彼は少し違った。
目が、誠実だった。
空間を見る目と同じで、
人を見る目にも曇りがない。
試すようでも、支配するようでもない。
ただ、興味を持っている。
それが伝わる。
「もしよければ、完成後の写真を共有していただけますか」
旬が言う。
「次のプロジェクトの参考にしたい」
ビジネスの顔をしているのに、
どこか個人的な響きがある。
希は頷く。
「もちろんです」
ほんの数分の会話。
名刺交換。
それだけ。
なのに。
控室を出たあと、
お互いがふと振り返りたくなる。
静かな出逢い。
けれど確かに、
何かが動き始めていた。
