Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

旬はソファーに座っている。

希はキッチンから戻ってきて、少し落ち着かない様子で立ったまま。

「ねぇ」

旬が顔を上げる。

「あのさ、思ったんだけど」

少しだけ視線が泳ぐ。

「勝手なこと言ってるのは承知の上でなんだけど……」

「なに?」

間。

希は小さく息を吸う。

「結婚しない?」

空気が止まる。

旬の表情が一瞬だけ空白になる。

「……え?」


旬がまだ動かない。

「いいの?」

希、慌てる。

「あのね」

早口になる。

「歩と仕事するでしょ?」

「もしかしたら、過去のこととか、周りが騒いだりとか」

「その時に、私たちがちゃんと“夫婦”だったら」

「信用っていうか、なんていうか……」

言葉がまとまらない。

「そういうの、安心材料になるかなって」

そこで。

旬が立ち上がる。

歩み寄る。

そして、言いかけた希をそのまま抱きしめる。

強くない。

でも、迷いなく。

希の言葉が止まる。

旬の声は低い。

「希」

胸に顔を押し当てられたまま。

「俺はね」

少し間を置く。

「世間対策で結婚したくない」

希の指が、わずかに服を握る。

「信用のためでもない」

「歩のためでもない」

「プロジェクトのためでもない」

抱きしめる腕が少しだけ強くなる。

「俺は」

「希と生きたいから結婚したい」

静か。

でもまっすぐ。

希の呼吸が揺れる。

「だから」

旬は少し体を離し、目を見て言う。

「結婚しない?じゃない」

「俺と結婚して」

言い直す。

ちゃんと。

希の目が潤む。

「それ、ずるい」

「なにが」

「その言い方」


旬、少しだけ笑う。

「歩がどうとか関係ない」

「過去がどうとかも関係ない」

「俺は、希を選び続ける」

希の目から涙が一粒落ちる。

「私も」

小さな声。

「世間のためじゃない」

「旬がいい」

旬が額を合わせる。

「じゃあ決まりだな」

「え、指輪とかないけど」

「いるの?」

「いるでしょ普通!」

少し笑いが混ざる。

涙と笑い。

旬がもう一度抱き寄せる。

「明日買いに行く」

「急がなくていいよ」

「今は」

耳元で低く。

「抱きしめたい」

希、赤くなる。

「もう…」

でも腕を回す。

リビングの静かな夜。

世間対策でもなく、

嫉妬でもなく、

勝ち負けでもなく。

選んだ未来。

そして遠くで。

まだ知らない歩。

彼が設計する空間の中で、

もうすぐこの二人は“夫婦”として立つ。