Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

静かなリビング。

間接照明だけが、やわらかく部屋を包んでいる。

ソファーに並んで座る、旬と希。

成功の余韻がまだ少しだけ残っている空気。

希が、小さく言う。

「旬、ありがとう」

旬、視線を向ける。

「なにが?」

少し迷ってから。

「嫌だったでしょ?……下着の広告」

言葉の最後が、少しだけ弱い。

旬はすぐには答えない。

テーブルの上のグラスを見て、それから希を見る。

「なんで嫌だと思う」

希、視線を落とす。

「だって、たくさんの人に見られるし」

「コメントも来るし」

「ヒップだの何だの言われて」

少し笑うけど、不安が混ざってる。

「彼女が下着で広告出るの、普通は複雑じゃない?」

旬は静かに息を吐く。

「確かに」

希の肩が少しだけ固まる。

でも、続きがある。

「“誰かに見せるため”なら嫌だったかもな」

希、顔を上げる。

旬の声は落ち着いている。

「でもあれは違う」

「希が、自分のブランドを、自分の覚悟で立たせた」

一拍。

「それを俺が止める理由はない」

希の目が揺れる。

「でも…綺麗っていっぱい言われてたよ」

旬、少しだけ笑う。

「知ってる」

「実際、綺麗だった」

照れずに言う。

希の頬が熱くなる。

「でも」

旬、少し距離を詰める。

「俺が知ってる希は、あの写真よりもっと綺麗だから」

息が止まりそうになる。

「広告の希は“ブランドの顔”」

「今ここにいるのは、俺の前だけの希」

その言い方は独占でも束縛でもなくて、

ただ事実みたいに自然。

希、小さく息を吐く。

「本当に嫌じゃなかった?」

旬、即答。

「誇らしかった」

「最後に決めたのは希」

「それがかっこよかった」

希、胸の奥がほどける。

ゆっくり寄りかかる。

旬の肩に。

「ありがとう」

今度は、素直な声。

旬、頭に軽く触れる。

「次もやるなら」

「もっと綺麗に撮れる方法、考えとく」

希、くすっと笑う。

ソファーに並んだまま。

希は旬の肩に寄りかかっている。

さっきまで仕事の話をしていたのに、
今はもう何も話していない。

でも、沈黙が心地いい。

旬の指が、希の髪にそっと触れる。

「今日さ」

低い声。

「写真より、綺麗」

希、くすっと笑う。

「またそれ言う」

「事実」

指先が頬へ移る。

やさしく、輪郭をなぞるだけ。

触れ方が静かで、余計に熱を帯びる。

希、少しだけ見上げる。

「誇らしかったって言ってくれたの、嬉しかった」

旬の目が柔らぐ。

「当たり前だろ」

「俺の好きな女が、自分で決めて、自分で立った」

その言い方が、まっすぐすぎる。

希の手が、旬のシャツの裾をつかむ。

「でもね」

小さな声。

「一番見てほしいのは、旬だから」

空気が変わる。

旬の手が止まる。

目が少しだけ熱を帯びる。

「ずるいな」

「なにが?」

「そういうとこ」

希、微笑む。

「社長モードじゃないよ?」

旬、距離を縮める。

額が触れそうな距離。

「わかってる」

指が、ゆっくり背中へ回る。

抱き寄せる力は強くない。

でも、離れられない。

希の鼓動が伝わる。

旬の胸の鼓動も、同じ速さ。

「検証、続きやるか?」

低く、少し意地悪に。

希、息を飲む。

「社長として?」

旬、首を傾ける。

「女として」

希の頬が赤くなる。

でも、目は逸らさない。

「……ちゃんと見てね」

旬の口元が、ほんの少し上がる。

「任せて」

キスはゆっくり。

急がない。

確かめるみたいに。

さっきまで“ブランドの顔”だった希は、

今は、ただの希。

間接照明の柔らかい光の中で、

“着ててなんかいいな”は、

誰にも見せない表情になる。

甘くて、

静かで、

ふたりだけの夜。