旬の腕の中。
体温はあたたかい。
規則正しい呼吸。
でも——
希の目は、少し冴えている。
眠れないわけじゃない。
ただ、心が静まりきらない。
旬は、目を閉じたまま。
眠っているふり。
本当は、起きている。
腕の中のわずかな動きも、
浅い呼吸も、全部わかる。
希は天井を見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「……区切りなんて、とっくについてるし」
小さな声。
でも、はっきりと。
旬の耳に届いている。
希は続ける。
「こんなことになるなら、ロンドン行っちゃった人の話なんてしなきゃよかった」
北海道の車内。
何気ない会話。
昔話の延長。
旬の、あの一瞬の沈黙。
嫉妬。
全部、つながっている。
「なんで今さら現れるの?」
声が、少しだけ強くなる。
怒っている。
歩に対して。
自分に対して。
タイミングに対して。
静かな部屋に、その感情だけが浮く。
旬は、ゆっくり目を開ける。
「……希」
低い声。
希が、はっとして振り向く。
「起きてたの?」
「うん」
正直に言う。
少し、沈黙。
希は眉を寄せる。
「私、全然迷ってないよ」
真っ直ぐな目。
逃げない。
「ほんとに、全く迷ってない」
強い。
その強さが、痛いほど伝わる。
旬は、わかっている。
それは本当だ。
希の目は、揺れていない。
でも。
胸の奥から、言葉がこぼれる。
「俺が動揺してる」
ぽつりと。
希の目が、わずかに見開く。
「歩がどうこうじゃなくて」
視線を逸らさない。
「俺が、自信なくしてるだけだ」
静かな告白。
プライドも、余裕も、いったん脇に置いた声。
「過去にも歩にも勝てる気がしなくて」
夜の暗さの中で、
その言葉だけがやけに透明だ。
希の胸が、ぎゅっと締まる。
この人は、こんなことを一人で抱えていたんだ。
希は、そっと旬の頬に触れる。
「勝つとかじゃないよ」
やわらかく言う。
「私の“今”は、旬なんだから」
「過去は、思い出」
「未来は、これから」
旬の喉が、ゆっくり動く。
希は、少しだけ笑う。
「動揺してる旬、ちょっと可愛い」
冗談みたいに言う。
でも、目は優しい。
旬は小さく息を吐く。
「余裕なくてごめん」
「なくていいよ」
即答。
「なくなってくれるくらい、好きでいて」
その言葉に、
旬の腕がもう一度、強くなる。
今度は、不安からじゃない。
確かめ合うためでもない。
ただ、そこにいる温度を守るみたいに。
夜は深い。
でも、もう冷たくない。
揺れているのは、終わりじゃなくて、
本気になっている証拠だと、
二人とも、理解していた。
旬の呼吸が、わずかに乱れる。
強く握りしめていた感情が、
その指先から溶けていくみたいに。
希は続ける。
「歩が帰ってきたからって、物語が戻るわけじゃない」
体温はあたたかい。
規則正しい呼吸。
でも——
希の目は、少し冴えている。
眠れないわけじゃない。
ただ、心が静まりきらない。
旬は、目を閉じたまま。
眠っているふり。
本当は、起きている。
腕の中のわずかな動きも、
浅い呼吸も、全部わかる。
希は天井を見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「……区切りなんて、とっくについてるし」
小さな声。
でも、はっきりと。
旬の耳に届いている。
希は続ける。
「こんなことになるなら、ロンドン行っちゃった人の話なんてしなきゃよかった」
北海道の車内。
何気ない会話。
昔話の延長。
旬の、あの一瞬の沈黙。
嫉妬。
全部、つながっている。
「なんで今さら現れるの?」
声が、少しだけ強くなる。
怒っている。
歩に対して。
自分に対して。
タイミングに対して。
静かな部屋に、その感情だけが浮く。
旬は、ゆっくり目を開ける。
「……希」
低い声。
希が、はっとして振り向く。
「起きてたの?」
「うん」
正直に言う。
少し、沈黙。
希は眉を寄せる。
「私、全然迷ってないよ」
真っ直ぐな目。
逃げない。
「ほんとに、全く迷ってない」
強い。
その強さが、痛いほど伝わる。
旬は、わかっている。
それは本当だ。
希の目は、揺れていない。
でも。
胸の奥から、言葉がこぼれる。
「俺が動揺してる」
ぽつりと。
希の目が、わずかに見開く。
「歩がどうこうじゃなくて」
視線を逸らさない。
「俺が、自信なくしてるだけだ」
静かな告白。
プライドも、余裕も、いったん脇に置いた声。
「過去にも歩にも勝てる気がしなくて」
夜の暗さの中で、
その言葉だけがやけに透明だ。
希の胸が、ぎゅっと締まる。
この人は、こんなことを一人で抱えていたんだ。
希は、そっと旬の頬に触れる。
「勝つとかじゃないよ」
やわらかく言う。
「私の“今”は、旬なんだから」
「過去は、思い出」
「未来は、これから」
旬の喉が、ゆっくり動く。
希は、少しだけ笑う。
「動揺してる旬、ちょっと可愛い」
冗談みたいに言う。
でも、目は優しい。
旬は小さく息を吐く。
「余裕なくてごめん」
「なくていいよ」
即答。
「なくなってくれるくらい、好きでいて」
その言葉に、
旬の腕がもう一度、強くなる。
今度は、不安からじゃない。
確かめ合うためでもない。
ただ、そこにいる温度を守るみたいに。
夜は深い。
でも、もう冷たくない。
揺れているのは、終わりじゃなくて、
本気になっている証拠だと、
二人とも、理解していた。
旬の呼吸が、わずかに乱れる。
強く握りしめていた感情が、
その指先から溶けていくみたいに。
希は続ける。
「歩が帰ってきたからって、物語が戻るわけじゃない」
