Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

Minoのポップアップイベント当日。

白い空間。
淡い色の布が揺れ、
ほのかな香りが漂う。

若い女性たちが列をつくり、
希の作る世界を楽しんでいる。

「希ちゃん、今日もすごいですね」

スタッフの声に、笑顔で頷く。

その時。

会場の奥。

黒いコートの男が、足を止める。

高い天井から落ちる光の下で、
ゆっくりと視線が動く。

空間をなぞるように。

そして——止まる。

希の背中に。

「……希?」

低く、静かで、懐かしい声。

心臓が…ドクンと音を立てる

背中が、ぴたりと止まる。

空気が、わずかに変わる。

振り向く。

時間が、ゆっくりになる。

視界の端が、白くぼやける。

黒いコート。
少し伸びた髪。
変わらない、強い目。

「……歩?」

名前が、喉の奥からこぼれる。

一瞬で、高校の美術室の匂いが蘇る。
油絵具と、夕暮れの光。

歩は、わずかに笑う。

「久しぶり」

その距離は、数メートル。

でも、埋めるには長すぎる時間が横たわっている。

希の胸の奥で、
封じたはずの記憶が、静かに目を覚ます。

——もう待たないで。

あの一文が、まだ消えていない。

白い空間の中で。

過去が、静かに、
今へと歩いてくる。

一瞬。

空気が変わる。

ざわめいていた会場の音が、遠くなる。

歩は、少しだけ笑う。
昔と同じ、静かな笑い方。

「久しぶり」

その声に、胸の奥の何かがきしむ。

希は、息を飲む。

「え……なんで日本に?」

「個展で」

それだけ。

余計な説明はない。
昔から、そうだった。

必要なことしか言わない。

でも、その一言の奥に、
パリも、ニューヨークも、
遠い世界の空気も含まれている。

希は、うまく呼吸ができない。