Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

希の行きつけの和食屋は、路地裏にひっそりと灯りをともしていた。
白木のカウンター、静かな照明、出汁のやわらかな香り。

希は、めずらしく緊張している。

(大丈夫かな……)

そのとき。

奥の席から一人の男が立ち上がった。

ラフなジャケット姿。ネクタイはない。
けれど、隙がない。

「初めまして。圭祐です」

柔らかい笑顔。

差し出される手。

旬も立ち上がり、握手を交わす。

その瞬間——

圭祐の目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。

旬はすぐに察する。

(ああ、そういうタイプか)

手を離し、席に着く。

最初は穏やかな会話だった。

仕事の近況。
ゴルフの話題。
市場の動向。

だが、圭祐は自然な流れで、本題へと入る。

「家業って、合理化しにくいですよね」

口調は柔らかい。
だが、直球。

旬は一瞬で理解する。

——テストだ。

「そうですね。情が入りますから」

圭祐が微笑む。

「それ、経営では一番コスト高い要素です」

希が小さく「あ、また始まった」と呟く。

旬は視線を逸らさない。

「でも一番の資産にもなります」

圭祐の眉が、わずかに動く。

「ええ」

旬は続ける。

「数字は後から作れる。でも信頼は時間がかかる」

静寂。

圭祐の箸が止まる。

数秒。

そして次の一手。

「Minoは感情価値が強いブランドです。規模を追えば毀損しますよ」

核心。

かなり、深い。

旬は一拍置く。

「分かってます」

「どう守るんです?」

目が、笑っていない。

旬は正直に答える。

「俺が口出すことじゃない」

希が驚いた顔をする。

旬は続ける。

「でも、希が迷ったら現実側の意見は言います」

圭祐の目が、わずかに細まる。

「経営は現実ですよ」

「人生も現実です」

静かな衝突。