Nocturne(ノクターン)ー美しさは静かに交差する

少し重くなった空気。

だから——崩す。

テーブルに置かれた経済誌を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。

「でもさ」

「ん?」

「会社も大きくなったし」

ページを閉じる音。

いたずらっぽい目。

「パパみたいに売って、遊んで暮らすのも悪くないよね?」

一瞬。

旬の表情が固まる。

「……は?」

希は笑いをこらえながら続ける。

「ハワイとかに家買ってさー。毎日サーフィンして」

「希」

声が、低くなる。

それでも希は止まらない。

「旬も仕事辞めてさ。南国でのんびり」

沈黙。

冗談だと、頭では分かる。

でも。

胸の奥が、ちくっと痛む。

「本気で言ってる?」

少しだけ真面目な声。

希はその変化に気づく。

でもまだ、笑っている。

「半分?」

「俺は嫌だ」

はっきりと。

希の笑みが、わずかに止まる。

「なんで?」

「希が大事にしてきたものでしょ?」

低い声。

「簡単に“売る”とか言うな」

空気が少しだけ熱を帯びる。

希の目が揺れる。

その奥にある、ほんの小さな本音に触れた気がした。

そして、ようやく冗談の裏を見せる。

「旬がなんか怒ってるから、ふざけただけ」

小さく言う。

「売る気なんてないよ」

旬の肩が、わずかに下がる。

「ごめん。俺のせいで」

本音だった。

希はふっと笑う。

「そんな顔すると思った」

旬が睨む。

「からかったな」

「うん」

悪びれない。

でも、その目は優しい。

そして、静かに言う。

「旬は並びたいって言ったけど、私は旬に追いつきたいよ」

旬の呼吸が止まる。


少しだけ真面目な声。

「私だって旬と、ちゃんと並びたいだけ」

静寂。

その言葉が、ゆっくり胸に沁みていく。

「……ずるい」

「なにが」

「そういう言い方」

旬は希の頬に手を添える。

あたたかい。

「俺が焦るの分かってて言っただろ」

「ちょっとだけ」

いたずら成功の顔。

旬は小さくため息をつく。

でも目は、もう柔らかい。

「なんで会社のこと、ちゃんと言わなかったの?」

「言ったよ? 会社やってるって」

「こんなでかい会社とは聞いてない」

「そんなに大きいと思ってないもん」

少しだけ頬を赤くする希。

旬は低く、ゆっくりと言う。

「俺の好きになった人は、想像以上に凄い人だった」

空気が甘くなる。

希が小さく笑う。

「置いていかれないように、俺もがんばる」

「私も旬に見合う女性になる」

その目は、冗談じゃない。

旬は静かに続ける。

「俺、希の隣で恥ずかしくない男になるから」

希はうなずく。

「私も」