清く正しく美しく



「・・・・・・理玖くん、待って」

「どうしたの?」

 理玖は洋服を掴んだ手を優しく解いて指を絡めた。顔を覗き込まれて、心臓が激しく打つ。

 言葉が、上手く出てきてくれない。琴葉は一度ぎゅっと目を閉じてから、意を決して口を開いた。

「・・・・・・一緒には、寝ないの?」

 理玖は一瞬、面を食らったような顔をした。言葉に詰まったように目を伏せる。それから、少し困ったような顔をして笑った。

「一緒にいたら、何するか分かんないから」

 苦笑交じりに放たれた言葉に、顔が急激に熱くなっていった。ドキドキして、胸が苦しい。それを紛らわすように、絡めていない方の手で布団を握りしめた。

「――だから、今日は別々で寝よう」

 絡めていた指が、優しく解かれる。理玖は琴葉の額に唇を落とすと、「おやすみ」と言って背を向けてしまった。

 引き止めなければ、理玖は行ってしまう。ここに戻ってくることは、ない。

 そう理解して、すぐに嫌だと思った。

 今からしようとしている大胆な行動に、怖気付く。逃げ出したいほどの恥ずかしさを必死に抑えて、布団から飛び出した。

「行かないで、理玖くん」

 後ろから理玖に抱きつき、必死に訴える。声は、情けないほど震えていた。

「・・・・・・私、理玖くんなら、嫌じゃない、です」

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。それでも、琴葉は言葉を紡いだ。

「――だから、一緒にいたい・・・・・・」

 抱きつく腕に力を込める。理玖は、固まったように動かなかった。

 恥ずかしくて、いたたまれなくて、琴葉はぎゅっと目を閉じる。しばらくすると、琴葉の手の甲に理玖の手が重ねられ、「あ〜もう」と呟きながら天を仰いでいるような気配がした。

 勢いよく振り返った理玖が、琴葉を抱きしめる。少し苦しいと思うくらい、力強い抱擁だった。

「・・・・・・どうなっても、知らないよ?」

 理玖の低い声が、聞こえた。多分、理玖はまだ琴葉に逃げ道を用意している。

 今ならまだ、引き返せると。でも、もう後戻りなんかできないし、したくない。もっと理玖に触れたいし――触れてほしい。

 琴葉は身をよじって理玖の顔を見上げた。メガネの奥の瞳は、いつもの優しい目では、もうなかった。その目を真っ直ぐに見つめて――

「・・・・・・は――」

 はい、と続けようとした言葉は、理玖の唇に呑み込まれた。中途半端に開いたままの口に、舌が忍び込んでくる。

 全て食べられてしまうのではないかと思うくらい、情熱的で圧倒的なキス。必死に応えているうちに、気づけば、じりじりとベッドに近づいていた。


 息継ぎをする暇もない口づけに、頭が白んでくる。だんだん、二人の境界線がなくなっていく感覚がして、どちらのものなのかも分からない。

「・・・・・・んっ・・・・・・理玖、くん・・・・・・」

 名前を呼んだら、頬を優しく撫でられた。でも、変わらずにキスは激しくて深い。

次第に身体に力が入らなくなってきた。力が抜けた身体を、理玖が支えるように抱き寄せる。そのまま導かれるように、背中がベッドへ沈んだ。

 胸がいっぱいになった。たまらなくなって、琴葉は縋りつくように理玖の首に腕を回した。

 理玖は琴葉の頭を撫でると、ゆっくりと唇を離す。銀の糸が二人を繋いだ。理玖は名残惜しむように、もう一度軽く唇を重ねた。

 琴葉は乱れた息を整えながら、メガネを外してサイドテーブルに置く理玖を見る。

 メガネ越しではない、熱を帯びた瞳と視線がぶつかって、心臓が止まるかと思った。視線を逸らしたいのに、目が離せない。

「・・・・・・琴葉」

「・・・・・・理玖くん」

 理玖の顔が近づいてくる。目を閉じると、唇が軽く触れた。何度か軽く触れ合ったあと、ゆっくり重ねる。さっきまでの熱を確かめるように、深く唇が重なった。

 理玖が、片手を伸ばして照明を落とす気配がした。薄く目を開けると、ベッド脇の小さな灯りだけが残された。

 薄く照らされている理玖の顔が、信じられないくらい綺麗だ。思わず見惚れてしまって、理玖が少し拗ねた顔をして唇を離した。

「・・・・・・俺のことだけ考えてて」

 間髪を入れずに口を塞がれた。また、理玖の口づけに翻弄される。

 こんな風に言われなくても、理玖のことしか考えられないのに。溺れそうになるくらい、夢中になっている。

――と。

 スウェットの裾から理玖の手が入ってきた。くびれから腰にかけて、なぞるように撫でられて、身体中に電流が走ったように震える。

 思わず身をよじると、背中手が回って――胸の圧迫感がなくなった。躊躇うように下着の上から優しく胸に触れられて、心臓の鼓動が一段と速くなった。

 触れる指は優しいのに、とても緊張してしまう。

「・・・・・・んっ・・・・・・はあ・・・・・・理玖くん」

 息継ぎの合間に名前を呟いた瞬間、理玖が口づけをしながら琴葉を抱き起こした。軽いキスを繰り返しながら、琴葉の着ているスウェットを脱がせる。


 素肌に冷たい空気が触れて、少しだけ寒いと思ったけれど、熱すぎる身体には心地がいい。理玖は脱がせたスウェットを床へ落とすと、再び琴葉をベッドに寝かせた。