部屋の中に、時計の針の音と雨音、それから、琴葉の心臓の音が響く。ソファに腰掛けた自分の太ももの上でぎゅっと手を握った。
「テレビでも見てて」と理玖は言ったけれど、琴葉はリモコンを手にすることもなく、固まっていた。どこを見ていればいいのかも分からなくて、視線を右往左往させたままである。
「お風呂上がったよ」
理玖の声が聞こえて、琴葉は振り向いた。「おかえりなさい」と言おうとして、息を呑んだ。
普段は細身のデニムパンツと襟のついたシャツをおしゃれに着こなしている理玖が、ダボッとしたスウェットを身につけて、黒縁メガネをかけている。
目が悪くてコンタクトをしていることは知っていたけれど、琴葉が見たことはほとんどないから新鮮だった。
濡れた髪を無造作に拭う仕草に、なぜか胸がざわつく。
琴葉の知らない理玖だった。
外で見る理玖とはどこか違って、思わずじっと見つめてしまっていた。
「ん?どうかした?」
そう言いながら、理玖が琴葉の隣に腰を下ろした。肩の触れそうな距離に、いつもよりも理玖の匂いを強く感じて、息が止まりそうになる。
「・・・・・・メガネ」
ようやく出た言葉は、掠れて震えていた。
「ああ、家の中だといつもこんな感じ。新鮮だった?」
琴葉が頷くと、メガネの奥の瞳が和らいだ。
「・・・・・・カッコいいです、凄く」
「・・・・・・琴葉さんも」
「えっ?」
「凄く可愛い。俺の服着てるし、正直、どこ見たらいいのか分かんない」
照れたように言って、理玖は顔を逸らした。琴葉は一瞬、何を言われたのか理解できなくて、目を丸くしたまま固まった。
――理玖くんも、私にドキドキしてくれてるってことなのかな
そう思ったら、頬が自然と緩んでいた。
「じゃあ、熱かったり痛かったりしたらすぐに言ってくださいね」
「うん」
琴葉はドライヤーのスイッチを入れる。温風が出ていることを確認してから、理玖の髪に当てた。
理玖の髪に触れていると、胸の奥がくすぐったくなる。髪の毛を乾かしてみたいとお願いした時、理玖は嬉しそうな顔をしていた。
その顔を思い出しながら、理玖が痛くならないように慎重に手櫛で梳いていく。後ろから顔を覗き込んで見たら、気持ち良さそうに目を閉じていた。
そのことにほっと息をついて、琴葉はもっと丁寧に髪を梳いた。理玖の髪は柔らかくて、ずっと触れていたいと思うくらいサラサラしている。
ゆるくウェーブのかかった髪は、天然だと言っていた。理玖の雰囲気に凄く合っているし、羨ましいな、と思う。
「・・・・・・できました」
「ありがとう」
「いえ、大丈夫でしたか?」
「うん」
――と。
顔だけ振り向いた理玖が琴葉の手からドライヤーを取って机の上に置いた。そのまま琴葉の手を引き、琴葉はバランスを崩して理玖に後ろから抱きつくような体勢になった。
背中越しに理玖の体温が伝わってきて、琴葉は息を呑んだ。ずっとうるさく鳴っている心臓の音が、理玖にも聞こえてしまいそうだ。
「・・・・・・理玖くん?」
「ちょっとくっつきたくなった」
琴葉は目を見開いた。顔を見たいのに、髪で隠れていて見えない。
「――だったら、正面からがいいです」
理玖の肩が、微かに震えた。ゆっくり振り返った彼は、顔が赤かった。メガネの奥の瞳には、かつてないほど熱を帯びている。
「琴葉さん、それは反則」
そう言って、正面から抱き締められた。理玖の体温と、お風呂上がりでいつもより石鹸の匂いを強く感じる。
「そんなこと言われたら、俺、どうにかなっちゃいそうなんだけど」
琴葉を抱きしめる腕の力が、強くなった。
