――どうしよう
ひとり湯船の中、琴葉は膝を抱える。
理玖の家に一晩泊めてもらうことになり、「お風呂どうぞ」と勧められるままにお風呂に入ることになった。
お風呂の使い方を一通り教えてくれた理玖は早々にリビングへ戻り、残された琴葉は、初めて浴室に踏み入れて心臓が喉から出てきそうになっていた。
普段、理玖が使っているのだと思うと、変に意識してしまう。それに、今、琴葉は理玖と同じ香りを纏っている。
いつもドキドキして、でも、同時に安心する匂い。それを自分も漂わせていることが、ソワソワして、くすぐったくて――叫び出したいほど落ち着かない。
どんな顔をしてリビングに戻ればいいのか全く分からずにいる。初めてのことだらけで、何もかもままならない。
リビングに繋がるドアの前で、琴葉はしばらく動けずにいた。一度大きく呼吸をして、扉を開ける。
「あ、ゆっくりできた?」
恐る恐るリビングに顔を出すと、理玖がすぐに気づいて声をかけてくれた。琴葉の姿を見た理玖は、目を開く。でも、それは一瞬のことで、いつもみたいに優しく微笑んだ。
「・・・・・・はい、ありがとうございました」
スースーと冷たい空気が足をなでていき、ひどく落ち着かない。袖を引っ張っても、指先まですっぽり隠れてしまう。
「やっぱり大きかった?」
スウェット、と言われて、琴葉は頷いた。
理玖がスウェットを貸してくれたけれど、ボトムスは丈を引きずってしまうし、ウエストが大き過ぎて落ちてしまった。
スウェットの上だけを着ると、ワンピースのようになって、大きさの違いをとても感じる。
「ごめんね。姉のやつならあるけど、あの人も背が大きいし、勝手に貸したら俺が殺されちゃうから」
「いえ、大丈夫です」
「琴葉さん、こっちにおいで」
そう言って、理玖は自分の隣のソファを軽く叩いた。
「髪、乾かしてあげる」
「えっ?」
来慣れたと思ったのに、急に自分の知らない所へ来てしまったように感じて、琴葉は動けなくなった。そんな琴葉を見て、理玖は優しく手を握ってソファまで連れて行ってくれた。
理玖は洗面所からドライヤーを持って戻ってきて、琴葉の隣に座った。それだけのことなのに、心臓が高鳴る。
「熱かったらすぐに言ってね」
温かい風と一緒に、理玖の手のひらの温度が伝わってくる。風に吹かれる度に、さっきお風呂で感じていた「匂い」に、より濃く包み込まれた。
「琴葉さんの髪、柔らかくてサラサラだね」
背後から聞こえる理玖の声が弾んでいる。髪を梳く指先は驚くほど丁寧で、触れるたびに気を遣っているのが分かった。
はじめはどうしたらいいのか分からなくて、身体に変な力が入ってしまった。でも髪に触れる手つきが思わずうっとりしてしまうくらい心地良くて、自然と力が抜けていった。
緊張していたはずなのに、このままもう少しこの時間が続いてほしい。そう思っているのに、心臓はいつも以上にドキドキしているのだから、人の気持ちはままならない。
「はい、できたよ」
「ありがとうございます」
髪に触れると、自分でやるよりもサラサラしていた。
「いつもより髪がサラサラしてます。理玖くん、凄いですね」
「そう?」
「はい。美容師さんみたいですね」
「凄い褒め言葉だ。ありがとね、そう言ってくれて」
指通りの良さを感じたくて軽く頭を振っていると、理玖が少し吹き出した。目を細めて琴葉を見る。
「また今度やってあげるよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
声がずいぶん弾んでいた。
またやってもらえる。またこういう機会が訪れるのだと思うと、顔がにやけそうになってしまう。
――と。
ふいに思いついて、琴葉は理玖を見上げた。
「あの、提案というか、お願いがあるんですけど」
「ん?」
琴葉の申し出に不思議そうに首を傾げていた理玖が、だんだん頬が緩んでいって、嬉しそうに笑っていた。
