「・・・・・・俺が車持ってたら、家まで送れたんだけどね」
「・・・・・・いえ、悪天候で運転するのも危ないですよ。こういう時、渋滞しますし」
自宅に帰ることはできなくなった。運転が再開されたら、帰ることはできるけれど。
できるけれど――帰りたくないと思ってしまう。もっと、一緒にいたい。
そう思うのは、いけないことなのだろうか。
「・・・・・・琴葉さん」
「はい」
「今日は――ここに泊まっていってよ」
え、と掠れた声が洩れた。思わず身体を離し、理玖を見る。理玖は急かすことなく、静かに琴葉を見つめていた。
窓の外では、激しい雨音が絶え間なく響いている。
「朝、送るし。琴葉さんのお母さんたちにも、俺から説明するから」
理玖からの提案は、凄く嬉しかった。耳の裏まで脈打つくらい、ドキドキしている。
「――いえ、母には私から言います」
一瞬、凪の家に泊まることになったと言えば、怪しまれることなく泊まれるのでは、と考えてしまったことが後ろめたい。理玖は、そんなこと微塵も考えずに、自分から話そうとしてくれたのに。
理玖を真っ直ぐに見つめる。
「・・・・・・だから」
一度、唇を噛んだ。
「今日、泊めてくれますか」
「・・・・・・うん。じゃあ、今日はずっと一緒だね」
理玖は琴葉の頬を優しく撫でながら微笑む。触れる指先はとても温かくて、心がくすぐったくなった。
理玖のいるリビングから出て、ドアを閉める。スマホを胸の辺りでぎゅっと持ちながら、一度深呼吸をした。
意を決して母に電話をかけると、数コールで母が電話に出た。
「あのね、今日なんだけど、電車が止まったから帰れない」
「どこにいるの?お父さんに車出してもらうけど」
心臓がバクバク鳴っている。スマホを持つ手に汗がじんわりと滲んだ。きつく目を閉じて、琴葉は口を開いた。
「月島くんのお家。今日は・・・・・・ここに泊まってもいいかな?」
「ああ、月島くんと一緒なんだね」
いいよ、と言う母の声は、はじめはよく聞こえなかった。
「えっ?」
「だから、いいよ。月島くんに迷惑かけないように。気をつけて帰ってらっしゃい」
「・・・・・・いいの?」
「うん。もう二十歳になったし、琴葉のことも月島くんのことも信用してるから」
目を見開いたまま、言葉に詰まった。母は続ける。
「お父さんには上手く言っておくから心配しなくていいよ」
「――うん。お母さん、ありがとう」
その時、背後のドアが開いて、理玖が顔を出した。
「俺からもお母さんに話してもいい?」
「えっ、はい」
母に断りを入れてからスマホを渡す。
理玖が明るく挨拶をして電車が止まってしまったこと、悪天候の中無理に帰るよりは自分の家にいた方が安全だから泊まってもらうことにした、と説明している声が聞こえた。明日の朝、きちんと送っていくから、と。
母が何と言ったのか分からないけれど、理玖は楽しげに話している。
「今度遊びにおいでって言ってくれたよ」
琴葉にスマホを返しながら、理玖が言う。
「琴葉さんのお母さん、優しいね」
「・・・・・・はい」
理玖に自分の家族のことをよく思ってもらえて、心がじんわりと温かくなった。
それに――優しいのは、理玖の方だ。琴葉だけに言わせるのではなく、自分の口からも母に対してきちんと説明してくれた。
恐らく、琴葉の母が不安にならないように気遣って。
「理玖くん、ありがとう」
「ん?何が?」
「何でも、です」
何にお礼を言っているのか分からないといった顔で首を傾げる理玖がとても愛しい。
