清く正しく美しく


 
 鏡を覗き込んで、髪の毛を櫛で梳かす。首元にあった赤い花は、もう綺麗に消えてしまった。


 でも、洋服の下には、薄い花と濃い花が散らばっている。お風呂で見るたびに、刻まれる前の濃密な時間を思い出して、恥ずかしくなった。同時に――くすぐったくて、愛されているのだと実感が持てる気がして、嬉しくもなる。


「琴葉」

 最寄り駅から大学に向かって歩いていたら、後ろから凪の声が聞こえた。振り返ると、凪がこちらに向かって歩いているのが見えたので、立ち止まる。

「凪。珍しいね、この時間に会うの」

「講義の前にやっておきたい課題があって早めにきた」

「そっか」

「・・・・・・何か、琴葉、雰囲気変わった?」

「そうかな?久しぶりにハーフアップにしたからかも」

 今日の髪型はハーフアップにして、凪から誕生日プレゼントでもらったバレッタをつけている。

 ここ最近は、髪の毛を下ろして首元を隠していたから、珍しく思ったのかもしれない。


「いや、髪型じゃなくて・・・・・・何と言うか、綺麗になった」

「え~?特に変わってないと思うけど」

 笑いながら凪を見たら、凪は琴葉をじっと見ていた。

「前に月島くんのことで悩んでたけど、解決したの?」

「えっ、あ、うん。豆原さんのアドバイスのおかげで」

 学食で凪に自分には魅力がないのでは、と聞いたことがある。思わず首元を手で隠してしまったけれど、もう首元に跡は残っていないと思い出して、平静を装いながら手を外した。

 あれから、豆原の助言を経て、いろいろ、変わった。秘めた思いを伝えて、受け止めてもらえたこと。誰かに大切にされることで、安心感を得られること。

 そこで初めて、特に変わったところはないと思っていたけれど、理玖との関係性が少し変わり、琴葉自身の心境の変化があったのだと気づいた。


「そう。あいつのアドバイスで・・・・・・」

「・・・・・・凪は?何かあった?」

 そう尋ねると、凪は少し遠い目をした。

「・・・・・・チャラいところに目を瞑れば、あいつ、いい人だよね」

「うん」


 答えながら、凪の口からそんな言葉が出てきたことに、少しだけ息を呑んだ。

 これまで、凪が豆原のことを良く言っているところを見たことないのに。前に「今の豆原さんを見て」とお願いしたことで、凪にも心境の変化があったのだろうか。

「ま、私のことはどうでもいいよ。よかったね、上手くいったみたいで」

「あ、うん。話、聞いてくれてありがとう」


 凪は目を細めて笑う。それからはお互いの近況を話しながら歩いた。

 そして迎えた週末、琴葉はいつも以上に気合いを入れて身支度をしていた。この日は、久しぶりにお互い他の予定が何も入っていない日で、前に行けなかった食器を見に行くことになっている。


 今日は、いつもより長く一緒にいられる。支度をしながら鼻歌を口ずさんでしまうくらい浮かれて、待ち合わせ場所に向かう足取りはとても弾んだ。


 遠目で理玖がすでに到着をしているところを見て、足を速める。背がすらりと高くて、スマホを見ているだけなのに、とても絵になる。周囲の人たちの視線を集めているのは、遠くからでも分かった。


「あ、琴葉さん」

 ふいにスマホから目を離した理玖が、琴葉に気づいた。目が合った途端、理玖の口角が上がるのが見えて、琴葉の口角も上がった。


「お待たせして、すみません」

「まだ時間前だから気にしないで」


 そう言うと、理玖は琴葉の手を取った。ドキン、と心臓が高鳴って――でも、琴葉はもっと近づきたくて、自分から指を絡めた。


 一瞬、意表を突かれたような顔をした理玖が、すぐに微笑んで指を絡め返してくれる。その指先が、ほんの少しだけ強く絡められた気がした。


 流れるように引き寄せてられて、より身体が密着した。理玖の体温と匂いをすぐ近くに感じて、心臓がうるさいくらい鳴っている。けれど、同時に、自分から近くへ行けることに、心地良さを感じた。

「琴葉さん、今日の格好も可愛いね」

「へっ!?あ、ありがとうございます・・・・・・理玖くんもカッコいいです」

「本当?ありがとう」

 優しく微笑みながらそう言われて、胸がきゅーっと締めつけられた。