鏡に映る自分の首を見る。そこには、赤い花が刻まれていた。
つけられた直後と比べると薄くなってしまったけれど、鏡に映る理玖と過ごした時間の証が目に入る度にくすぐったくなる。
あの夜から、お互い課題に追われて忙しくなった。それでも、時間を見つけては会っている。理玖の部屋でご飯を作る余裕はないので、外で食事をして琴葉の家まで送ってくれるか、時間の余裕が少しある時は理玖の部屋に足を運んだ。
前と変わったことは、理玖の部屋で口づけを交わすようになったこと。そして、洋服で隠れる位置に理玖が印を刻むようになったことだ。
お互いの呼吸音と琴葉の小さな声だけが部屋に響いて、境界線が曖昧になる。
琴葉の頭が白んでくる頃に――理玖は銀の糸を絡みとるように音を立ててキスをすると、琴葉の首に顔を埋めるのだ。
理玖の唇と舌に翻弄されている間に、ブラウスのボタンを3つほど外され、琴葉の肌に吸いつく。そうされるのが、恥ずかしいけれど嬉しくて――つい、その先を想像して期待してしまう。
でも、理玖はその先に進もうとしない。印を刻むのが終わりの合図のように、琴葉の身体を優しく起こす。
それでは物足りない。もっと欲しい。そう思っても――口に出せそうにはなかった。
「何か、豆原が変」
大学から少し離れたファミレスで、凪は静かに切り出した。
凪の課題が落ち着いたと思ったら、今度は琴葉が課題に追われるようになったので、凪と一緒にお昼を食べるのは久しぶりだ。
大学で待ち合わせをした時、凪は大学から離れたお店で食べたいと言った。いつも学食で食べるか、中庭でお弁当を食べるかのどちらかなので、琴葉が首を傾げると「豆原には聞かれたくない」と零した。
「変って、具体的に何が変なの?」
そう尋ねると、凪は腕を組んで考え込んだ。
「・・・・・・何というか」
言葉を探すように視線を彷徨わせてから、琴葉を見てふっと納得したように言った。
「月島くんみたいになってる」
「えっ?」
意外な言葉に琴葉が目を見開く。凪は言語化できてスッキリしたのか、パスタを勢いよく食べ出した。
「あいつ、いきなりスマホの画面見せてきたと思ったら『凪ちゃん以外の連絡先消す』とか言って消すし」
そう言いながら凪のパスタを巻く勢いが凄い。
「何かと荷物持ってこようとするし、ドアを開けて待ってるんだよね」
ここで一旦話を切った凪は「琴葉も食べたら?」と手が止まったままの琴葉に促す。琴葉がフォークにパスタを巻きながら考えたのは、中庭で豆原と会った時に話したことだ。
「別に自分の荷物は自分で持てるし、ドアだって自分で開けられるし」
豆原とのあれやこれを思い出しているのか、いつになく凪は怒っている。
「グループ課題の時に女の子と連絡先交換しないとか言い出したけど、そんなの無理だし、不便だし、迷惑かけるし」
「な、凪・・・・・・?」
凪のフォークにパスタが巻きつきすぎている。落ち着いてもらおうと名前を呼んでみたけれど、凪は止まらなかった。
「とにかく!大っ迷惑なの!!」
「・・・・・・凪」
言い終わった凪は、肩で息をしていた。
琴葉が水の入ったコップを差し出すと、勢いよく飲んでテーブルに少し強めに置いた。
「大体、あいつ女の子大好きな博愛主義のくせに、急に方向性変えて何なのよ。意味分からないわ」
これは、多分、相当鬱憤が溜まっている。
ぷりぷり怒る凪の話を聞きながら、頭の片隅で豆原に「誠実に接するしかない」と言ったことが過った。
あの時、言ったことを思い出す。それを受けた豆原は、理玖をお手本にして頑張ったのだろう。でも、凪には逆効果だった。
――理玖くんの真似ごとをするのは、豆原さん自身の魅力がなくなってしまう気がする。何だか申し訳ないことをしてしまった。
「ねぇ、凪」
「ん?何」
「こんなこと、聞いていいのか分からないんだけど・・・・・・」
豆原の気持ちを知っているから、今まで聞いたこともないし、口を出したこともない。
「何?言って」
言葉を待つ凪を見て、琴葉は口を開いた。
「・・・・・・豆原さんに告白されたこと、あるの?」
