清く正しく美しく




 あれからどのくらい時間が過ぎただろう。


「・・・・・・っ、理玖・・・・・・くん」


 名前を呼ぶ度に、彼の腕に力が入る。少し息苦しくなって身をよじっても、離さないと言わんばかりに引き寄せられた。


 隙間なく触れる感覚に思考が浮ついていく。頭が上手く働かない・・・・・・身も心も理玖から与えられる熱によってぐずぐずに溶かされているようだった。


「・・・・・・琴葉」


 深く激しく交わる口づけの僅かな息継ぎの合間に、低く名前を呼ばれて胸が痛くなるほど飛び跳ねる。


 頭が白んできて限界を迎えた琴葉は、身体から力が抜けて後ろに倒れ込んだ。理玖が頭の下に手を添えてくれたので、衝撃はなかった。


「・・・・・・これで、どうなるかわかった?」


「・・・・・・えっ?」


「・・・・・・煽ったの、琴葉だからね」


 いつになく妖艶な微笑みを浮かべる。半ば呆然としている琴葉にリップ音を立てて軽いキスをすると、理玖は離れていった。


――ああ、寂しいなあ


「・・・・・・理玖くん」


「どうしたの?」


「・・・・・・もっとしてほしいって・・・・・・言ったら、どうなりますか」


 言っている途中で恥ずかしくなって、最後は消え入るような声になってしまった。理玖の方を見ることもできず、見られることにも耐えられなくて、顔を両手で隠す。


 理玖はしばらく何も言わなかった。


 軽く息を吐く音が聞こえた。引かれてしまったのかと身体が急激に冷えていく。


「・・・・・・本当、ずるいよね」


 琴葉の両手が優しく握られ、顔から外された。それは優しい仕草だけれど、抗えないものだった。


「ああ、もう、何で、そんな可愛いこと言っちゃうかな」


 ずいっと顔を寄せられた。強烈な色香を纏った、ギラギラ揺れる瞳と目が合い、先程冷えた身体が急激に熱くなっていく。



「・・・・・・止まれなくなっちゃうじゃん」


 琴葉が何か答えるよりも先に口を塞がれた。


 理玖の手が頭を撫でる。口づけは深くて激しいのに、その手はすごく優しい。


 お互いの呼吸音と、舌が絡まるたびに鳴る水音が薄暗い部屋に響く。熱を与え合って、溶けてひとつになってしまうんじゃないかという錯覚に陥った。


 それは、とても心地の良いもので、いつまでもそうしていたいと心から願う。


「・・・・・・琴葉」


 彼に呼び捨てにされると、胸の奥がきゅーっと締め付けられて、身体が反応してしまう。見つめ合った瞳は、きっと、お互い熱を帯びていて、「ほしい」と雄弁に物語っている。


 いつもは涼しげに細められる目が、今日は熱を帯びて真剣な眼差しで琴葉を射抜いていた。それは気恥ずかしいけれど、とても嬉しいものだ。



「痛かったら、ごめんね」


 理玖が、琴葉の首に顔を埋めた。首筋を唇で辿られ、そっと息を吹きかけられる。理玖が動く度に小さな声が漏れて、背中がゾクゾクした。


 琴葉が身をよじると、今度は舌で舐められる。あまりの恥ずかしさと気持ち良さに、琴葉はどうすればいいのか分からなくなった。


 理玖の唇と舌に翻弄されていると、ピリッという痛みが走った。声が出るほど痛くはなかったけれど、突然のことに一瞬息が止まる。


 そんな琴葉の背中に理玖は腕を回すと、優しく抱き起こしてくれた。


「痛かった?」


「いえ」


「ごめんね。明日、髪の毛縛れないと思う」



 そう言われて、先程感じた痛みが何だったのか思い至った。琴葉の首筋には赤い花が刻まれている。



 右手で首筋を隠しながらぶんぶんと横に振ると、少しだけ申し訳なさそうに、でも満足そうに微笑んで理玖は立ち上がった。


「送っていくよ」


「え、でも」


 もう少し一緒にいたい。まだ、理玖と熱を分け合ってひとつになっていたい。そう思ったけれど、理玖は困ったように笑った。



「これ以上は本当にやばいから、今日は勘弁して。琴葉さんの門限に間に合わなくなるし」


「・・・・・・はい」


 帰り道は離れがたくて、ずっと指を絡ませていた。ほとんど会話はなかったけれど、きっと、お互いさっきまでの濃密な時間の余韻に浸っていたと思う。



「・・・・・・送ってくれてありがとうございました」


「うん」


 理玖が琴葉を引き寄せて、ふわりと抱きしめられた。理玖は琴葉の耳に唇を寄せて、「また来てね」と低く、でも甘く囁いた。


 琴葉の身体がビクリと反応すると、理玖は少し笑って琴葉の口に唇を落とした。



 琴葉の家の前でこんなことをしたのは初めてだ。琴葉は目を白黒させながら、今日は理玖に翻弄されてばかりだな、とふと思った。


「・・・・・・理玖くん、またね」



 別れ際にいつもと違う言葉をかけると、理玖が僅かに目を見開いた。でも、すぐに目が細められ、唇が弧を描く。



「本当、ずるいよね。琴葉さん」



 理玖の言っていることはよく分からなかったけれど、どうしてか、すごく嬉しくなった。