清く正しく美しく



 照明を絞った部屋にエンドロールが流れる。


 運命を変えようとした結果は変わらなかったけれど、主人公の後悔した夫婦生活は温かいものに変わっていた。



 切ないけれど、心が温かくなる素敵な映画だった。



 理玖とはまだ、ケンカらしいケンカをしたことがないし、想像もつかない。



この先、ケンカしたりぶつかったりすることがあるかもしれない。


そうなったとしたら、話し合って、自分たちらしく手を取り合って生きていきたい。



 そう強く思いながら何とはなしに頬に触れる。少し指先が濡れていた。



 映画に引き込まれるうちに、気づけば泣いていたらしい。


――と。



 横から小さく折り畳んだティッシュが差し出され、琴葉は隣を見上げた。



 少し潤んだ瞳で微笑む理玖と目が合い、琴葉は視線を逸らせなくなる。


 そのまま動けないでいると、理玖が優しく琴葉の目元をティッシュで拭ってくれた。



「・・・・・・ありがとうございます」



「うん」


 理玖の方を見ていられなくなって、視線を逸らしたら右手を優しく握られた。ドキッとして、琴葉の肩が飛び跳ねる。


「何か、上手く言えないんだけど、今の、一緒にいられる時間を大切にしたいと思ったな」



「・・・・・・私も同じこと、考えてました」


 隣を見ると、理玖が真っ直ぐに前を見据えていた。



――もう少し、くっつきたいなあ。



 手だけでは物足りない。そう思ってしまった。


 心の中で自分から行っていいものなのか逡巡する。


 いいのかな、と思う。でもやっぱり――もっと近づきたい。


 そう思って、琴葉は意を決して動いた。


 上から重ねられた手を動かして指を絡める。理玖の身体がピクリと反応したけれど、身体中が脈打っている琴葉には理玖の顔を見られない。


 理玖の方に身を寄せ、頭を理玖の肩にくっつける。流れるように手を繋いだまま腕を絡めるようにしたら、理玖の体温と匂いが直に伝わってきた。


 ドキドキしすぎて、心臓がうるさいくらいに鳴っている。でも、預けた身体から理玖の体温と彼自身の匂いがすぐ近くにあって、心地良さも感じる。


――ああ、どうしよう。ちょっと大胆なことしちゃったかなあ



「琴葉さん」


名前を呼ばれて顔を上げると、熱を帯びた瞳の理玖と目が合う。心臓が一段と高く跳ねて、その瞳に吸い寄せられて逸らせないでいると、理玖の顔が近づいてきて目の前いっぱいに広がった。


――もしかしたら、来る?


 そう思ったけれど、理玖の軌道は想定よりも上にずれた。理玖は琴葉の額に唇を落とすと、琴葉の頭の上に自分の頭を乗せる。


 期待した分、拍子抜けしてしまった。でも、こんな風に理玖が琴葉に甘えるように身を寄せてくるのは初めてで、嬉しい。


 嬉しい。凄く嬉しい――けれど、やっぱり。



「・・・・・・キスは・・・・・・してくれないんですか?」



 震える声で告げると、理玖の身体がピクリと動いて固まった。薄暗い部屋に、琴葉の心臓の音だけが響いているような錯覚に陥る。


 恥ずかしくて、いたたまれなくて。


 琴葉の視界が揺らいで、目頭が熱くなった時――理玖の重みがふわりと消えた。



「・・・・・・あんまり煽るようなこと言わないでよ」



「えっ?」



「琴葉って、俺の理性を壊す天才だよね」



 覗き込んできた理玖の瞳は、先程よりも熱を帯びていて、揺らいでいる。目を白黒させている琴葉の顎を持ち上げて理玖の方を向かせると――ふわりと唇が触れた。



 耳の裏まで熱くなって目を見張っていると、頬が赤く染まった理玖と目が合う。柔らかく微笑まれて心臓の鼓動がより激しくなった。



また理玖の顔が近づいてきて――今度は、さっきよりも長く口を塞がれた。何度も、角度を変えて唇が重なる。


角度を変える僅かな合間に、自分のものとは思えないような甘い声が漏れた。


どちらの唇なのか境界線が曖昧になって――酸素を求めて唇を薄く開く。その隙間にぬるりと舌が忍び込んできた。


琴葉の身体がビクッと跳ねる。反射的に、片手で理玖の肩を押すと、琴葉の頬に添えられていた手が動いて琴葉の手を握り、より抱き寄せられた。



「・・・・・・んんっ・・・・・・あっ・・・・・・月島・・・・・・くん・・・・・・」



 名前を呼んだ途端、理玖の動きが止まった。密着していた身体が少し離れ、でも、唇はほとんど重なったままで理玖は短く言った。



「理玖」

「・・・・・・理玖くん」

「うん。二人の時はそう呼んで」


 理玖は満足気に微笑む。そして、再び理玖と深く重なった。