その夜、べらは仕事の打ち合わせが長引いたうえ、メトロの事故でバスを使わなければならなかったので、帰りがすっかり遅くなってしまいました。
べらの頭は、仕事のこと、ゴーちゃんのママ探しのこと、コンテストのことで洗濯機の中のあわのようでした。次々とアイデアが浮かび、消えて、また浮かびました。
フォーレストヒルの駅につくと、左手の近道を通るのですが、その暗い中で、
「ひめ、だいじょうぶですか」
という声がしました。
「おばや?」
べらがきょろきょろしていると、てんとう虫のおしんが、ぴょんと肩に飛び乗りました。
「おばや、びっくりしたわ。待っていてくれたの?」
「事故があったと聞きましたから」
「だいじょうぶよ。おばやこそ、だいじょうぶ?冬眠にはいっているはずでしょう」
「うとうとしていたら、ひめがノベンバーさんのことを話したことを耳にしたので、心配していました」
ノベンバーというのが、ピアノのひとの名まえです。
「おばやには、なにでもわかってしまうのね。わたしは、だいじょうぶよ。ありがとう」
「ひめ、春まで、ひとりで、がんばってくださいよ」
「はい。おばやはゆっくり休んでください。春になったら、またよろしくお願いしますね」
べらはいつも見守ってくれているだれかがいることを知って、寒い夜道でも、ほほえみながら歩きました。
「ただいま」
べらがドアをあけると、みんながぞろぞろ出てきました。
「モッヒがボーカルをおりて、ゴーちゃんが歌うことになりました」
とクマハチが報告しました。
「ぼく、たくさんれんしゅうするよ」
とゴーちゃんです。
「ぼくだって、コーラスとダンスの練習をするぜ」
とモッヒが、べらに抱きつきました。みんなも野球チームが優勝した時みたいに、重なって抱きつきました。これがわたしのファミリーだわ、とべらは胸がジーンとしました。
べらは自分の部屋にはいり、木箱のオルゴールを手にして、ふたをあけて、話しかけました。
「今ね、うれしいことが、あったのよ」
このオルゴールは親友のカレンの結婚式にスイスに行った時、ノベンバーが買ってくれたものです。 オルゴールの中には、その彼の写真があります。
見ている人がつられて、にこにこしてしまうような笑顔の写真です。
「ノベンバー、あなたはのスマイルは特別だったわ。そのこと、知っていた?」
世の中には、笑うととたんにその魅力が3倍にも、8倍にも、10倍にもなってしまう人がいます。でも、10倍というのはあまりない話で、そのまれなスマイルの持ち主が彼、ノベンバーなのでした。でも、出会ったさいしょの頃にはスマイルはなかったのよね。今はどう?たくさん笑っている?
「わたしは、あしたから出張よ」
べらはふだんは自分でツアーを企画しています。
「べらと歩こう、サンフランシスコ」という企画で、12のコースあります。その中で、いちばん人気が、3つの有名なヒル(坂)を歩く10キロのコースです。
ユニオン・スクエアからノブヒルまで歩いて、グレイス大聖堂《だいせいどう》とフレァモント・ホテルを見学。そのあと、ロシアンヒルの曲がりくねったロンバード・ストリートを下り、その後はテレグラフヒルのコイト・タワーまで行きます。希望《きぼう》があれば、帰りに、リトル・イタリーやチャイナ・タウンのよります。
でも、時々はツワー会社から仕事を頼まれます。春には、ヨーロッパからの大事なお客さま一行を案内して、カリフォルニア中を回りました。あれは終わってしまうのがおしいくらいの楽しいツアーでした。
明日からの仕事は、4泊5日の出張で、日本からの4人の重役を案内して、チャーターの車で、ヨセミテ、ラスベガス、グランド・キャニオンに出かけます。
最近は泊まりの仕事はしないようにしていますが、この仕事を担当するはずの友だちのガイドに赤ちゃんがうまれそうなので、べらが頼まれたというわけです。
べらもすごく忙しいのですが、まっ、人が困っていたら、やるっきゃないものね。
それで、スーツケースに荷物をつめていると、ドアが小さくノックされました。だれかなと思ってドアをあけたら、モヒカンのモッヒでした。
「どうしたの、モッヒくん?ねむられないの?」
「うん」
「あったかいミルクでも飲む?」
「べら、ぼくはあったかいミルクはのまないです」
「あっ、そうよねぇ」
モッヒはライオンですから、あたたかいものはのみません。相変わらず、そそっかしいべらです。
「べらちゃん、ぼく、そうだんがあるだ。ぼくね、コンテストが終わったら、アフリカに帰ろうと思うんだ」
「どうしたの急に。まずはすわって」
「ぼくね、ラッパーはだめだとわかったんだ」
「そう。歌はだめかもしれないけど、モッヒくんには別の道があるわよ。さがしましょう」
「ぼく、やっぱり長男があとをつぐのがいいって思ったんだ。べらちゃんが、そう言っていたから」
「わたしが、言った?」
「日本のえらいしょうぐんが、長男がつぐのがいちばんけんかが少ないって言ったって。200年以上、つづいたって」
べらが天井を見上げて、うーんと考えました。そう、たしかに、徳川家康の話をしたわね。
「ぼくは長男だけど、こんな体格だし、毛もうすいし、頭もよくないから、家を出てきたんだ。そのほうが、家のためだし、みんなも幸せだと思ったんだけど、今、あっちではあとつぎもんだいで、けんかが起きているみたいなんだ。そのトラブルを解決できるのはぼくなんじゃないかと思うんだ」
「でも、もう長いこと野生の暮らしとはなれているけど、だいじょうぶ?」
「ちがうかもしれないけど、ぼくが帰ったら、弟たちはけんかをしなくなると思うんだ」
うーん、とべらは考えました。
「わたし、モッヒくんとは話したいと思っていたのよ。前に、言葉にきずつけられたという話をしてくれたでしょ。その時、わたしが心の中を話す日がきたら、一番先にモッヒに話すと約束したわよね」
「べらちゃん、それはおぼえていてくれたんだ」
「もちろんよ。約束を守るオンナだと言ったでしょ」
「ぼく、うれしい」
「でもね、明日からおしごとがはいっているの。だから、帰ってきたら、ふたりでビーチに出かけて、モッヒがアフリカに帰ることや、わたしのことなんかについて、ゆっくりと話すというのはどうかしら」
「うん、それがいい」
「それじゃ、帰ってきたら話すことにして、今夜はもう寝てね。できる?」
「うん。ぼく、寝る。ぼく、べらちゃんが大好きだぜ」
モッヒが頭の毛をかきながら、ちょっと赤くなりました。
べらの頭は、仕事のこと、ゴーちゃんのママ探しのこと、コンテストのことで洗濯機の中のあわのようでした。次々とアイデアが浮かび、消えて、また浮かびました。
フォーレストヒルの駅につくと、左手の近道を通るのですが、その暗い中で、
「ひめ、だいじょうぶですか」
という声がしました。
「おばや?」
べらがきょろきょろしていると、てんとう虫のおしんが、ぴょんと肩に飛び乗りました。
「おばや、びっくりしたわ。待っていてくれたの?」
「事故があったと聞きましたから」
「だいじょうぶよ。おばやこそ、だいじょうぶ?冬眠にはいっているはずでしょう」
「うとうとしていたら、ひめがノベンバーさんのことを話したことを耳にしたので、心配していました」
ノベンバーというのが、ピアノのひとの名まえです。
「おばやには、なにでもわかってしまうのね。わたしは、だいじょうぶよ。ありがとう」
「ひめ、春まで、ひとりで、がんばってくださいよ」
「はい。おばやはゆっくり休んでください。春になったら、またよろしくお願いしますね」
べらはいつも見守ってくれているだれかがいることを知って、寒い夜道でも、ほほえみながら歩きました。
「ただいま」
べらがドアをあけると、みんながぞろぞろ出てきました。
「モッヒがボーカルをおりて、ゴーちゃんが歌うことになりました」
とクマハチが報告しました。
「ぼく、たくさんれんしゅうするよ」
とゴーちゃんです。
「ぼくだって、コーラスとダンスの練習をするぜ」
とモッヒが、べらに抱きつきました。みんなも野球チームが優勝した時みたいに、重なって抱きつきました。これがわたしのファミリーだわ、とべらは胸がジーンとしました。
べらは自分の部屋にはいり、木箱のオルゴールを手にして、ふたをあけて、話しかけました。
「今ね、うれしいことが、あったのよ」
このオルゴールは親友のカレンの結婚式にスイスに行った時、ノベンバーが買ってくれたものです。 オルゴールの中には、その彼の写真があります。
見ている人がつられて、にこにこしてしまうような笑顔の写真です。
「ノベンバー、あなたはのスマイルは特別だったわ。そのこと、知っていた?」
世の中には、笑うととたんにその魅力が3倍にも、8倍にも、10倍にもなってしまう人がいます。でも、10倍というのはあまりない話で、そのまれなスマイルの持ち主が彼、ノベンバーなのでした。でも、出会ったさいしょの頃にはスマイルはなかったのよね。今はどう?たくさん笑っている?
「わたしは、あしたから出張よ」
べらはふだんは自分でツアーを企画しています。
「べらと歩こう、サンフランシスコ」という企画で、12のコースあります。その中で、いちばん人気が、3つの有名なヒル(坂)を歩く10キロのコースです。
ユニオン・スクエアからノブヒルまで歩いて、グレイス大聖堂《だいせいどう》とフレァモント・ホテルを見学。そのあと、ロシアンヒルの曲がりくねったロンバード・ストリートを下り、その後はテレグラフヒルのコイト・タワーまで行きます。希望《きぼう》があれば、帰りに、リトル・イタリーやチャイナ・タウンのよります。
でも、時々はツワー会社から仕事を頼まれます。春には、ヨーロッパからの大事なお客さま一行を案内して、カリフォルニア中を回りました。あれは終わってしまうのがおしいくらいの楽しいツアーでした。
明日からの仕事は、4泊5日の出張で、日本からの4人の重役を案内して、チャーターの車で、ヨセミテ、ラスベガス、グランド・キャニオンに出かけます。
最近は泊まりの仕事はしないようにしていますが、この仕事を担当するはずの友だちのガイドに赤ちゃんがうまれそうなので、べらが頼まれたというわけです。
べらもすごく忙しいのですが、まっ、人が困っていたら、やるっきゃないものね。
それで、スーツケースに荷物をつめていると、ドアが小さくノックされました。だれかなと思ってドアをあけたら、モヒカンのモッヒでした。
「どうしたの、モッヒくん?ねむられないの?」
「うん」
「あったかいミルクでも飲む?」
「べら、ぼくはあったかいミルクはのまないです」
「あっ、そうよねぇ」
モッヒはライオンですから、あたたかいものはのみません。相変わらず、そそっかしいべらです。
「べらちゃん、ぼく、そうだんがあるだ。ぼくね、コンテストが終わったら、アフリカに帰ろうと思うんだ」
「どうしたの急に。まずはすわって」
「ぼくね、ラッパーはだめだとわかったんだ」
「そう。歌はだめかもしれないけど、モッヒくんには別の道があるわよ。さがしましょう」
「ぼく、やっぱり長男があとをつぐのがいいって思ったんだ。べらちゃんが、そう言っていたから」
「わたしが、言った?」
「日本のえらいしょうぐんが、長男がつぐのがいちばんけんかが少ないって言ったって。200年以上、つづいたって」
べらが天井を見上げて、うーんと考えました。そう、たしかに、徳川家康の話をしたわね。
「ぼくは長男だけど、こんな体格だし、毛もうすいし、頭もよくないから、家を出てきたんだ。そのほうが、家のためだし、みんなも幸せだと思ったんだけど、今、あっちではあとつぎもんだいで、けんかが起きているみたいなんだ。そのトラブルを解決できるのはぼくなんじゃないかと思うんだ」
「でも、もう長いこと野生の暮らしとはなれているけど、だいじょうぶ?」
「ちがうかもしれないけど、ぼくが帰ったら、弟たちはけんかをしなくなると思うんだ」
うーん、とべらは考えました。
「わたし、モッヒくんとは話したいと思っていたのよ。前に、言葉にきずつけられたという話をしてくれたでしょ。その時、わたしが心の中を話す日がきたら、一番先にモッヒに話すと約束したわよね」
「べらちゃん、それはおぼえていてくれたんだ」
「もちろんよ。約束を守るオンナだと言ったでしょ」
「ぼく、うれしい」
「でもね、明日からおしごとがはいっているの。だから、帰ってきたら、ふたりでビーチに出かけて、モッヒがアフリカに帰ることや、わたしのことなんかについて、ゆっくりと話すというのはどうかしら」
「うん、それがいい」
「それじゃ、帰ってきたら話すことにして、今夜はもう寝てね。できる?」
「うん。ぼく、寝る。ぼく、べらちゃんが大好きだぜ」
モッヒが頭の毛をかきながら、ちょっと赤くなりました。

