べらと、ゆかいでちょっぴりざんねんな仲間たち

 この物語の主人公は、べらという女の子です。
 べらはサンフランシスコに、5匹の生きものと住んでいます。
 べらは仲間の動物たちのことを「いっぴき」ではなく、「ひとり、ふたり」とかぞえます。では、そのひとりのスカンクのマリンのことから、ストーリーを始めますね。

 サンフランシスコのゴールデンゲート・ブリッジという赤い橋をわたると、そこはマリンカウンティという地区です。
 橋をこえた左がわに、緑色の丘が見えてきます。そこは「マリンヘッドランズ」と呼ばれ、そのずうっとおくで、スカンクのマリンが生まれました。

「きみはスカンクみたいだ」と言われて、よろこぶ人はいません。人間の世界では、「スカンク」というのは、「いやなやつ」という意味なのですから。
 
 スカンクがどんなキャラなのかなんて、人はだれも知りません。でも、本当はいやな奴どころか、思いやりがあり、とてもかわいい動物なのです。
 スカンクがきらわれている主な理由は、あのくさいガスにあります。
 スカンクの専門家に言わせると、あれはガスではなくて、水のようなシャワーで、5メートルも飛ばすことができます。そのくさいにおいは2キロくらいにも及ぶそうです。

 でも、それは敵から自分をまもるために出したくさいシャワーで、スカンクがだれかにいじわるをしてやろうと思っているわけではないのです。
 スカンク自身は自分のにおいは感じないので、どんなひどいにおいの中にいても平気です。
 でも、マリンはそこがちがいました。くさいにおいに弱いのです。
 世の中には、いつも、例外がいます。
 
 マリンは生まれながらに、においにスーパーがつくほど感じやすいのです。それは人間だとすばらしい能力なのですが、スカンクの世界ではマイナスです。
 マリンはそのくさいシャワーにはがまんできません。
 家族やフレンズがシャワーを飛ばすと、そのたびにマリンはふらふらになり、倒れてしまうことがありました。

 自分のだしたにおいでも、気を失いました。
「こんなことをくり返していたら、死んでしまうわ」
 ママが看病(かんびょう)をしながら、泣きました。
「ぼくは生きたいでちゅ」
 マリンも目に大きな涙をためて言いました。

 マリンは生きていくためにはどうすればよいのか、ママとふたりで考えました。においに弱いスカンクは、先祖にはひとりもいなかったので、おじいさんスカンクにきいても、「こまった、こまった」と言うばかりです。
 マリンは一生けんめいに考えました。だれでも、生きるためには、自分で、一生けんめいに考えなくてはなりません。

 マリンがどんな時にくさいシャワーを出すかというと、てきが現れた時と、ストレスがある時です。
「ママ、ぼくはてきがいなくて、ストレスのない平和な場所に行けばいいんだと思いまちゅ。だから、そんな場所をさがちまちゅ」
 マリンはそういう結論を出しました。

「マリンはやさしくて、とてもおりこうなのに、くさいにおいにだけには弱いのよねえ。生きるには、それしかないわね」
 ママは泣きながら賛成して、送りだしました。

 それで、マリンはファミリーやフレンズと別れ、ひとりでヘッドランズのスラッカーヒルという丘にやってきたのでした。
 そこは風が強く、白いきりが冷とうこのドアをあけた時のように流れます。
 でも、はれた時には青い海、赤いはし、白いサンフランシスコの町が見えて、それは美しいところです。
「ここでちゅ」
 マリンは、ここがぼくのガンダーラだと思いました。ガンダーラとは天国というような意味です。
 そこではてきもいないので、マリンはくさいシャワーを出さなくてよいのです。だから、気をうしなうこともなくなり、おだやかに、くらしていたのです。

 もちろん、ファミリーやフレンズとのくらしはなつかしいです。
 ファミリーは今ごろ、何をしているかな、とか、フレンズとなかよくあそんだ時のことを思い出しました。
 ひとりのくらしはさみしいです。
 しんしんとした夜には、どうしてこんな身体に生まれたんだろうと泣いてしまうこともありました。でも、生きていくためには、この道しかないのは知っています。
 だから、考えても仕方のないことは考えないで、毎日の中に、小さなよろこびを見つけて、生きていくことにしたのです。