洛陽夜曲

極道の絆とは、血縁を超えた絶対の枷だ。親が黒と言えば、
真っ白な雪ですら墨色に染まる掟。
その闇に身を投じた男にとって、親の命に背くという選択肢は、
生まれる前に剥奪された贅沢に過ぎなかった。


「鈴華……」


窓外には、沈みゆく陽光が鴨川を鮮血のような朱に染め上げている。
その揺らめく水面を、光を失った濁った眼差しでぼんやりと追いながら、
京司はただ、愛しい女の名を祈りのように、あるいは呪詛のように、
唇から零していた。
鈴華を選び、すべてを捨てる。そんな甘い幻影は、
一瞬の火花のように散った。
彼の背中に彫り込まれた九条組の看板は、あまりにも深く、あまりにも重い。血で贖い、義理で積み上げた歳月が、
彼を裏切りへと向かわせることを許さなかった。


「組の為や……。しかたがあらへん」

呟きは、ひどく乾いていた。未練という名の毒を飲み干し、
彼は冷徹な極道の顔を、再び仮面のように被り直した。


 秋雨がひどく底冷えする、深い夜のしじまであった。
集金の任を終え、事務所へと足を向ける鈴華の、
傘を握る指先は凍てつく氷のごとく感覚を失い、
吐き出す溜息は白く濁って夜の闇に溶けてゆく。


「もうじき冬ね……。京都は、もっと凍えているのかしら」


降りしきる雨の彼方、鉛色の空を仰ぎ見ながら、
彼女はあの別れの日以来、音信の途絶えた京司の面影を、
冷えた胸の内に手繰り寄せていた。
六穣会のビルの前に辿り着いた鈴華の視界を、
見覚えのある黒塗りの高級車が遮った。


「あの車は……」


唇から零れた呟きは、雨音に溶けて消える。しかし、それと引き換えに、
胸の奥で早鐘を打つ鼓動が激しく叩き始める。
指先にじわりと滲む汗が、握り締めた傘の柄に重い体温を伝えていく。
その黒光りする鉄の塊に吸い寄せられるように、
あるいは逃れられない運命を確かめるように、
彼女は自らの震える足取りで、一歩、また一歩と、
沈黙の塊へと近づいていった。

静寂を切り裂くように、運転席のドアが重厚な音を立てて開かれた。
その姿を認めた瞬間、鈴華の瞳に宿っていた不安の影は、
差し込む陽光に払われる霧のように霧散していく。

「京司さん!」

歓喜に震える声が響き、強張っていた彼女の表情は、
蕾が一気に綻ぶかのような鮮やかさで輝き出した。
もはや雨も、握りしめていた傘の重さも意識にはない。
鈴華は弾かれたように、愛しいその影へと駆け寄った。


「……久しぶりやな。長いこと連絡できへんで、堪忍な」


消え入りそうな声で詫びる京司の肩は、
容赦なく降り注ぐ雨に冷たく濡れそぼっていた。
鈴華はたまらず手にしていた傘を彼の方へと傾ける。
銀色の雨筋から彼を匿おうと伸ばしたその腕を、
京司の無機質な掌が遮った。


「どうしたんですか……? 急に」


差し出した拒絶の手に、鈴華の背筋を氷の刃がなぞる。
雨音に紛れて聞こえる彼の呼吸は、あまりに静かで、あまりに遠い。
見慣れたはずのその横顔が、
今は見たこともない深い闇の淵に佇んでいるように見えた。