洛陽夜曲

九条組の資金源は、法と不法の境界線上で危うい均衡を保っていた。フロント企業を切り盛りする協力者たちは、組
織の「外皮」として忠実にその役割を演じている。
京司が動いた。数人を選び、短い言葉を投げかける。
応じる男たちの声には、隠しきれない戦慄が混じっていた。


「若頭自らの御出ましとは、穏やかではありませんな。
……何かトラブルでも?」

「いや。……単なる、詮索や」


京司はわずかに視線を泳がせ、胸ポケットの煙草を指先で弄んだ後、
ようやく火をつけた。吐き出された煙が、二人の間に見えない境界線を描く。


「うちは山城銀行一本でやってきたのはわかってるが…、
他の金融機関との回路はどうや?」


社長の眼に、困惑と警戒の色が混じる。


「他の、ですか?」

「……やはり、門前払いか」

「…“九条組”という名は、京都ではあまりに有名すぎます。
老舗の重みは、同時に呪縛でもある。いくら私が
『堅気の社長』という仮面を被り、反社との無関係を標榜したところで、
連中は看板の奥に潜む『組織』を嗅ぎ取ってしまう。彼らにとって、
我々と手を組むことは、自らの聖域を汚すのと同義なのです」

「そうやな……」


社長の低い声が、静まり返った部屋に波紋を広げる。
それは京司が疾うの昔に悟っていた諦念であったが、
他人の唇から零れ落ちた途端、逃れようのない真実となって彼を縛りつけた。
自ら抱く自覚が“予感”だとするならば、他人から告げられるそれは、
逃げ場を奪う“宣告”であった。


「山城銀行がうちと取引を続けているのは、創業以来の泥臭い縁と、
何より頭取である高頭という男の剛腕に依るところが大きいです」

京司の耳を打ったのは、最も忌まわしく、
記憶の底に封じ込めておきたかった名だった。


「高頭……な」


「まあ、彼もまた影の絶えない男です。黒い噂の絶えない男ですから、
我々との繋がりは、いわば“必要悪”なのでしょう」

潮が引くように男たちが去った静寂の中で、京司はただ、
燻り続ける煙の行方を追っていた。
口を付けることのなかったかつて熱を帯びていたコーヒーは、
今や一滴の温もりも残さず沈黙していた。
その鏡面のような漆黒の澱みは、救いようのない絶望を湛えた、
彼自身の眺める世界の写し鏡だった。