洛陽夜曲

重苦しい雲を心に引きずったまま、京司は見合いの当日を迎えた。
日常の鎧であるブラックスーツを脱ぎ捨て、
袖を通したのは沈殿した空の色にも似たダークグレーの織物。
薄浅葱色のネクタイを締めながら、

(俺に添い遂げる気がないわかれば、諦めてくれるやろう)

そう、冷めた独白を鏡の中の自分に投げかける。
その時の彼はまだ、己の運命を甘く見積もっていた。たかが形式上の儀礼、
その程度にしか考えていなかったのだ。
しかし、見合いの席に腰を下ろした瞬間、
その傲慢な目論見は音を立てて崩れ去る。
静謐な空気の中に潜む抗いがたい重圧に触れ、彼はようやく悟った。
自分がどれほど浅はかな認識で、
この逃れられぬ円卓に臨んでしまったのかを。

眼前に座す令嬢は、春の陽だまりを凝縮したような無邪気な笑みを湛え、ただじっと京司を射抜いている。その瞳には、
彼が抱く葛藤の欠片さえ映っていないかのようだった。
傍らでは、九条組を統べる宇治宮崇と、山城銀行の頂に立つ高頭義弘が、
戸惑いに沈む京司を置き去りにして、祝祭の気配を膨らませていく。

二人の巨頭が交わす言葉は、
まるで完成図の決まったパズルを埋める作業のように滑らかで、
容赦がなかった。

(……何や、この茶番は)

京司の胸中に、冷ややかな乾いた風が吹き抜ける。


「――して、日取りはいつ時分がよろしいかな?」

「その前に、結納の品について詰めねばなりますまい」


飛び交う言葉の礫は、
もはや“見合い”という名の慎ましき段階をとうに踏み越えていた。
そこにあるのは、互いの利権と血脈を強固に結びつけるための、
逃れられぬ『契約の儀』。
それは見合いなどという生易しいものではなく、
すでに京司の意思を奪い去った、決定事項という名の断頭台であった。

窮地に立たされた京司は、
剥き出しの焦燥を“誠実さ”という薄皮一枚で包み込み、
その場を凌ぐための賭けに出た。


「大変恐縮ですが……梨花さんと、二人きりで、
お話しさせていただけないでしょうか」


その言葉が落ちた瞬間、部屋を満たしていた喧騒が、
まるで真空に吸い込まれたかのように消えた。
静寂が痛いほどにその場を支配する。
しかし、その静寂を破ったのは拒絶ではなかった。
梨花の瞳には、期待と歓喜が混じり合った火が灯り、
老いた二人組の口元には、湿り気を帯びた卑俗な笑みがじわりと広がった。
彼らはその沈黙を、蜜を啜るような同意で塗りつぶしていった。