洛陽夜曲

重厚な黒塗りの車から降り立ち、格式の重みに沈む日本家屋の門を潜る。
静寂を破って現れたのは、彫像のように控えていた
部屋住みの若衆たちであった。


「カシラ、お疲れ様でございます。オヤジが奥でお待ちです」



低く、しかし統制の取れた声に迎えられ、京司は一歩を踏み出す。
磨き抜かれた長い廊下は、まるで鏡のように庭園の緑を映し出していた。
濡れたような艶を放つ床の冷たさが、足裏からじりじりと緊張を伝えてくる。
視線の端で、春の陽光に揺れる新緑を捉えながらも、
その心は目前の虚空一点に据えられていた。

一歩ごとに、奥座敷に鎮座する絶対的な威厳——「組長」の気配が、湿り気を帯びた空気と共に肌を刺す。
京司は面持ちを硬く引き締め、静謐な廊下をただ独り、
運命の待つ場所へと進んでいった。


「親父、不調法をいたしました。長らくのご無沙汰、お許しください」


静寂を裂く衣擦れの音とともに、京司は正座のまま音もなく襖を滑らせた。
開かれた視界の先、紫煙が澱のように漂う和室の奥。
組長は、時代に取り残された石像のごとき威厳を湛え、
広げた新聞の向こう側でゆっくりと火のついた煙草を燻らせていた。


「……おう。久しぶりやないか、京司。息災にしとったか」


低く、地を這うような声が、青白い煙を揺らす。


「はっ。自宅にて身を慎み、己の至らなさを省みておりました。
これよりは、組のため尽力する覚悟でございます」


「そう言うてくれると、こっちも話しやすいわ」


組長が浮かべたのは、底知れぬ凄みを孕んだ不敵な笑みであった。
京司はその口端から漏れる冷気に、
本能的な危惧を覚え、無意識に背筋を正した。


「オヤジ。お話というのは、一体どのような……」


組長は灰皿の縁で煙草を静かに押し潰すと、
広げていた新聞を無造作に机へと戻した。
立ち上る一筋の煙が、二人の間の張り詰めた空気を切り裂いていく。


「京司……。お前、数えで今年いくつになった」

「はい。三十にございます」


低く響く組長の声は、祝辞とも宣告ともつかぬ重みを伴って、
京司の胸に深く沈み込んだ。


「京司……お前〚見合い〛をせぇへんか?」


組長の乾いた声が、静謐な和室の一室に不意に落ちた。
その一言は、静水に投じられた石のごとく、
京司の胸中に予期せぬ波紋を広げていく。


「見合い……で、ございますか」


京司は辛うじて言葉を返したが、
その声音には隠しきれない当惑が混じっていた。
組長は嗜好品を愛でるかのような、愉悦を孕んだ眼差しで眺めている。


「知り合いの娘さんがな、えらくお前を気に入ったらしいんや。
どうしても、と熱烈に頼み込まれてしもうてな」

「そうで……ございますか」


うなずくことも拒むこともできず、京司は言葉の置き場を失う。

わずかな沈黙。

その煮え切らない反応を肴にするように、組長はさらに言葉を重ねた。
冷徹な秩序の裏側に、仄かな愉悦を滲ませながら。