洛陽夜曲

“極道”という場所において、世間の物差しは塵ほどの価値も持たない。
頂点に立つ者が“黒”と断じれば、たとえ眼前の雪がどれほど白かろうと、
それは漆黒としてこの世に存在することになる。

上命に拒絶という選択肢は存在しない。
それは単なる業務上の服従ではなく、自らの全人格、
ひいては心臓の鼓動ひとつまでを組織に預けるという、
不可逆な生存契約なのだ。
それは単なる主従の関係ではない。血よりも濃い酒を飲み干した瞬間、
二人の影は、切り離せない運命共同体へと変貌を遂げる。
「親」の命は「子」の運命。
法や倫理を超越したその不器用なほどに純粋な絆を、
男たちは自ら選び取り、極道という生き様を完成させる。


京都の底冷えする路地へと戻った京司を待っていたのは、
以前と変わらぬ、しかしどこか色褪せた日常だった。
相も変わらず、組の細々とした雑務が山積みだった。
理不尽な命令、不毛な駆け引き、街の澱みをかき集めたような仕事。
それでも、今の京司にとってそれは「苦行」ではなかった。
鈴華という存在をこの生活に迎え入れるための、
静かな祈りにも似た助走であった。
どん底のような景色の中に、
彼女という希望だけが一点の光として差し込んでいた。

しかし、その平穏は砂の城のように脆いものだった。
不意に舞い込んだ一本の報せが、
京司の胸に灯ったばかりの希望を無残に吹き消していく。


「若頭。オヤジがお呼びです」


差し出されたその言葉は、彼を再び、
光の届かない濁流へと引き戻す合図であった。


「……ああ、わかった」


京司は短く、吐き出すように応えた。
組長から私邸への召喚がかかる時。それは決まって、
京司という「駒」を、抜き差しならぬ詰みの盤面へ放り込む合図であった。

(今度は、どんな泥沼を見せられるんやろうなぁ……)

胸中に澱む暗然たる予感を振り払えぬまま、
彼は重い足取りで組長宅へと向かう。

一歩踏み出すごとに、肩にのしかかる空気は密度を増し、
まるで底なしの深淵へと引きずり込まれるような錯覚を覚えるのだった。