洛陽夜曲

鈴華の返答を待つ数瞬、京司にとっての時間はその歩みを止め、
凝縮された沈黙は永遠の静寂へと姿を変えた。
秋の風が、彼女の艶やかな黒髪を何度も乱していく。
その風がふっと途切れた瞬間だった。
鈴華が顔を上げ、その強い眼差しで京司を真っ直ぐに射抜いた。


「……待っています。京司さんが私を迎えに来てくれるのを。
いつまでだって、ずっと」


京司の顔に、差し込む朝光のような輝きが弾けた。
渇望していた鈴華の言葉が、彼の胸の奥で歓喜の調べを奏でる。


「ほんまか? ほんまに待っといてくれるんやな?」


問う声は、確信を恐れるように、
それでいて抑えきれない熱を帯びて震えていた。
鈴華は、淡い紅を刷いたような頬を伏せ、慈しむように小さく頷く。
その瞬間、京司の腕に込められた力は、彼女という存在を二度と離さぬよう、
その温もりを心に深く刻みつける誓いのようであった。


「けれど……。もし父が許さないと言えば、
どうか私のことは……忘れてください」


絞り出すような鈴華の声音は、
震える唇から零れ落ちる端から秋の風に溶けていくようだった。
その表情には、断腸の思いが刻まれている。


「諦められるわけ、あるかい!」


刹那、京司の逞しい腕が彼女の肩を強く引き寄せた。
指先に込められた確かな力が、
女の華奢な骨格を通してその覚悟を伝えてくる。


「何度撥ね付けられようと、俺は決して手を離さへん。
執念やと言われても、君を諦めることなんてできへんのや」


至近距離で見つめられる瞳。そこから放たれる圧倒的な熱量に、
鈴華は息を呑み、たじろぐ。
けれど、自分を縛り付けていたはずの諦念が、
彼の深い愛情に溶かされていくのを感じていた。
言葉にできないほどの熱に包まれながら、鈴華はただ、
胸の奥から溢れ出す静かな幸福に、身を委ねるしかなかった。

黄昏の残光が、神野の屋敷へと続く道を淡く染め上げる。
二人の足取りは、零れ落ちる砂時計の砂を惜しむかのように、
どこまでも緩やかだった。
終わりを告げようとするつかの間の逢瀬。
沈黙を破ったのは、鈴華の震えるような声だった。


「……貴方と京都で紡いだ刻は、私にとっては宝物みたいな時間でした。
その記憶を胸に抱きしめてさえいれば、
この先も一人で生きていける……そう信じていたはずなのに」


ふと立ち止まり、鈴華は京司の瞳をじっと見つめた。
その瞳には、夕闇に溶けゆく切なさと、抑えきれぬ情念が揺らめいている。


「どうやら私、欲張りになってしまったようです……」


自嘲気味に、けれど愛おしげに零された微かな微笑。
その無垢で残酷なまでに美しい表情に、京司の硬い面持ちも、
春の陽に解ける雪のように優しく崩れていった。