洛陽夜曲

「不躾な婆どもがお目汚しを……。さぞ、肝を冷やされたことでしょう」


和田は上気した顔を隠すこともできず、子供のような、
ひどく狼狽した様子で鈴華に頭を下げた。


「ええ……。ただ、驚いたのはそのことではなくて」


鈴華は言葉を切り、先ほどまでの光景を反芻するように視線を落とした。


「あの方たちは、和田さんを……いえ、神野の方々を、
少しも恐れていらっしゃらないのですね」


その問いに、和田の相好がふっと崩れた。
照れ隠しのような、あるいは諦念にも似た柔和な苦笑がその唇に浮かぶ。


「ああ、あれですか。……うちは博徒の看板を背負う、いわゆる渡世人の方々とは少々毛色が違いましてね。ここにいる者の大半はこの土に根を張り、
この風に吹かれて育った地元の者ばかりです。いわば長年の地続きでして。
あの婆どもにしてみれば、我々はいつまで経っても、
鼻を垂らして路地裏を駆け回っていたガキのままなんですよ」


「ヤクザは土地を守り土地に根付くもの…それが神野の矜持です」


和田の目は神野の看板を背負うものとして誇りに満ちていた。
ひと口にヤクザと言っても、その内実は万華鏡のように千差万別なのだ。
神野一家が描く独自の輪郭を目の当たりにし、
鈴華はかつてない感慨を抱いていた。
その組織が纏う独特の空気感は、彼女の知る世界の境界を、静かに、
そして確かに押し広げていた。


---その頃京司は、
上質な和紙に包まれた高級日本酒の重みを助手席に感じながら、
車を東へと走らせていた。
目的地は奈良。長く続いた謹慎という名の空白期間を経て、
ようやく手にした自由。

窓を少しだけ開けると、流れ込む少し冷たい秋の風が
車内に滞留していた紫煙をゆっくりと搔き消していく。


「奈良なんて、いつ以来や……」


指先に挟んだタバコから立ち昇る煙の行方を追いながら、
彼は誰に聞かせるでもなく独白を漏らした。
かつて足繁く通った古都の風景が、
薄れかけた記憶の底から静かに浮上してくる。


「奈良の後は、大阪にでも寄って…」


そこまで口にして、京司は言葉を飲み込んだ。
脳裏をかすめるのは、鈴華の面影だ。
彼女の存在が、アクセルを踏む足に微かな躊躇いを与える。
再会の期待と、踏み込んではならない領域への警戒。
揺れる胸中を振り切るように、彼は深く煙を吸い込み、
青丹よし奈良の都へと、銀色の獣のような車を滑らせていった。

---燃えるような紅葉に彩られた大和路を抜けると、そこには時の流れから取り残されたかのような隠れ里が、静かに京司を迎え入れた。
千年の都・京都の洗練とはまた異なる、素朴で慈愛に満ちた風情が、
旅路に倦んだ者の心を優しく解きほぐしていく。
秋祭りの喧騒に沸く人波を縫うようにして、
京司の車は心細いほどに細い路地を辿り、
やがて神野の屋敷に構えられた重厚な門影へと吸い込まれていった。