洛陽夜曲

怪訝な色の混じった声が、静まり返った部屋に響く。


「……いや。義理事の席で顔を合わせた程度や」


京司は吐き捨てるように応じると、机上の封筒に再び視線を戻した。
自分を指名して届いたその書状が、
平穏な日常の裏側に潜む“何か”を連れてきたようで、
彼は不機嫌そうに眉根を寄せ、一点を凝視した。

京司は、自らに宛てられた封筒にそっと指先をかけた。
丹念に筆を走らせた跡が残るその封を、刃物一つ入れず、
慈しむように丁寧に解いていく。
中から現れたのは、墨の香を微かにまとった手紙であった。
白泥の紙の上を、流麗な筆致が縦横に駆け抜けている。
一文字一文字が呼吸しているかのようなその達筆な連なりには、
相手の静かな体温と、尽くされた礼節が深く刻まれていた。


「……神野は何と?」

「奈良の秋祭り、神野が差配する秋祭りへの招待や」

「祭りの招待…ですか」


錨の声に、隠しきれない当惑が混じり、わずかに上ずった。


「何を目論んでいるのでしょう……」


「神野の周りで、最近火種が燻ってるような話、聞いたことないんか?」


「いえ。あそこは露店の差配を生業とする的屋。極力、
荒事からは身を遠ざけています。……いわば孤立を守るモンロー主義ですよ」

「…しかも九条としてやない。俺個人に来てほしいらしい」

「カシラ個人…ですか」


京谷と錨の視線が、神野の封書の上で交錯する。
疑念が静かに、しかし確実に室内の密度を増していく。


「どう動かれますか」

「そうやなぁ……」


京司は、錨が運んできたウィスキーのグラスへ緩慢に指を伸ばした。
氷が微かな音を立てて鳴る。
琥珀色の液体を唇に含み、その熱が喉を下るのを待ってから、
彼は重い沈黙を深く吐き出した。


「奈良の重鎮からお呼び出しや。無視するわけにはいかんやろ。
謹慎もじき解けるしな」

「なら誰か護衛を」

「いらん」


遮るように言い放つ。


「荒事をしに行くわけやない。俺一人で、十分や」