謹慎という名の枷をはめられた京司は、
その時間の多くを私邸という名の檻に預けていた。
壁一枚を隔てた外界へ、
彼は見えない糸を操るようにして組員たちへ意思を伝播させる。
代紋を背負う場所が事務所から書斎へと移ったに過ぎず、
彼の権能は些かも削がれてはいなかった。
かつての日常と何ら変わらぬ、完成された機能美がそこにはあった。
ただ一点、その静寂のなかに鈴華という名の色彩が欠けていることを除けば。
誰一人としてその境界を越えようとしない、
しんと静まり返ったマンションのエントランス。
その冷ややかな空気の中に、場違いなほど馴染みのある男の姿があった。
「カシラ。お疲れ様です」
画面の向こう側で、男――錨はいつもと変わらぬ、
どこか世俗を突き放したような表情で立っていた。
電子音の混じる声が、静寂に包まれた廊下に微かに響く。
「錨か。……藪から棒に、何の用や」
「何、たまにはカシラの息災な尊顔を拝んでおこうかと思いまして」
そう答える錨の右手には、琥珀色の液体を閉じ込めたような、
一瓶の上等なウイスキーが提げられていた。
「……入れや」
短く、重厚な響きとともに、
鉄の沈黙を守っていたエントランスの電子錠が吐息を漏らすように解かれた。
(相変わらず、浮世離れした城に住んでおられる……)
足を踏み入れた先、光を乱反射させる大理石の床と、
富の象徴を詰め込んだような豪華な装飾が錨を迎える。
彼はそれらを、羨望とも諦観ともつかぬ眼差しでなぞりながら、
静寂を運ぶ鉄の箱——エレベーターの中へと身を沈めた。
重厚な玄関の扉を開き部屋に入ると、
琥珀色の液体がグラスに落ちる音だけが、部屋の静寂をわずかに揺らす。
「カシラ。お変わりないようで、何よりです」
手渡された上等なウィスキーを受け取り、京司は口角を微かに上げた。
「……やり取りなら、毎日のようにしとるやろ」
呆れたような、苦笑。注いだグラスの底で氷が小さく鳴る。
「もうじき…ようやく、謹慎が明けますね」
「ああ……。そうやな」
「あまり嬉しそうには見えませんね」
「…やらかした事がのうなるわけやないしな」
「……そうだ。今日は、これを渡しておこうと思って来たんでした」
ふと思い出したような、わざとらしいほど自然な仕草で、
錨は懐から一通の封筒を取り出した。
「カシラ宛の郵便物です」
差し出された封筒を、京司は眉を寄せて見つめた。
「…組に届いたもんなら、
俺宛かてお前が開封して確認していたやろ?いつもなら」
京司の声には、隠しきれない不信が混じっていた。
組織の日常において、情報の選別は錨の領分だ。
その彼がわざわざ封を切らずに持ってきたという事実に、
得体の知れない重みが宿る。
京司は怪訝な表情を隠そうともせず、指先でその封筒を受け取った。
「恐れながら……これは、私が開封すべきではないと判断いたしました」
京司が指先で封筒を返すと、流麗な墨書が視界をよぎった。
――神野一家、神野宗一郎。
紙の上で踊る達筆な文字は、
送り主の揺るぎない矜持を無言のままに突きつけているようだった。
その時間の多くを私邸という名の檻に預けていた。
壁一枚を隔てた外界へ、
彼は見えない糸を操るようにして組員たちへ意思を伝播させる。
代紋を背負う場所が事務所から書斎へと移ったに過ぎず、
彼の権能は些かも削がれてはいなかった。
かつての日常と何ら変わらぬ、完成された機能美がそこにはあった。
ただ一点、その静寂のなかに鈴華という名の色彩が欠けていることを除けば。
誰一人としてその境界を越えようとしない、
しんと静まり返ったマンションのエントランス。
その冷ややかな空気の中に、場違いなほど馴染みのある男の姿があった。
「カシラ。お疲れ様です」
画面の向こう側で、男――錨はいつもと変わらぬ、
どこか世俗を突き放したような表情で立っていた。
電子音の混じる声が、静寂に包まれた廊下に微かに響く。
「錨か。……藪から棒に、何の用や」
「何、たまにはカシラの息災な尊顔を拝んでおこうかと思いまして」
そう答える錨の右手には、琥珀色の液体を閉じ込めたような、
一瓶の上等なウイスキーが提げられていた。
「……入れや」
短く、重厚な響きとともに、
鉄の沈黙を守っていたエントランスの電子錠が吐息を漏らすように解かれた。
(相変わらず、浮世離れした城に住んでおられる……)
足を踏み入れた先、光を乱反射させる大理石の床と、
富の象徴を詰め込んだような豪華な装飾が錨を迎える。
彼はそれらを、羨望とも諦観ともつかぬ眼差しでなぞりながら、
静寂を運ぶ鉄の箱——エレベーターの中へと身を沈めた。
重厚な玄関の扉を開き部屋に入ると、
琥珀色の液体がグラスに落ちる音だけが、部屋の静寂をわずかに揺らす。
「カシラ。お変わりないようで、何よりです」
手渡された上等なウィスキーを受け取り、京司は口角を微かに上げた。
「……やり取りなら、毎日のようにしとるやろ」
呆れたような、苦笑。注いだグラスの底で氷が小さく鳴る。
「もうじき…ようやく、謹慎が明けますね」
「ああ……。そうやな」
「あまり嬉しそうには見えませんね」
「…やらかした事がのうなるわけやないしな」
「……そうだ。今日は、これを渡しておこうと思って来たんでした」
ふと思い出したような、わざとらしいほど自然な仕草で、
錨は懐から一通の封筒を取り出した。
「カシラ宛の郵便物です」
差し出された封筒を、京司は眉を寄せて見つめた。
「…組に届いたもんなら、
俺宛かてお前が開封して確認していたやろ?いつもなら」
京司の声には、隠しきれない不信が混じっていた。
組織の日常において、情報の選別は錨の領分だ。
その彼がわざわざ封を切らずに持ってきたという事実に、
得体の知れない重みが宿る。
京司は怪訝な表情を隠そうともせず、指先でその封筒を受け取った。
「恐れながら……これは、私が開封すべきではないと判断いたしました」
京司が指先で封筒を返すと、流麗な墨書が視界をよぎった。
――神野一家、神野宗一郎。
紙の上で踊る達筆な文字は、
送り主の揺るぎない矜持を無言のままに突きつけているようだった。
