洛陽夜曲

奈良、神野家の古い門を鈴華がくぐってから、数日が経とうとしていた。
まだ夜の冷気が居座る早朝。薄暗い庭には、
乾いた竹箒が砂利をなでる規則正しい音が響いている。


「鈴華さん!そんなん、俺らの仕事ですわ。やめてください」


慌てて駆け寄ってきた若衆の制止を、鈴華はさらりとかわした。


「いいんです。居候の身だもの、これくらいさせて」


彼女は視線を落としたまま、淀みのない動作で箒を動かし続ける。
戸惑う男の視線を背中に受け流しながら、
散らばった落ち葉を手際よく一箇所にまとめあげた。
その凛とした佇まいは、すでに一家の風景の一部として、静かに、
けれど確実に馴染み始めていた。

鈴華が姿を見せるたび、神野の家には目に見えて落ち着かない空気が流れた。
彼女の何気ない些細な仕草に、
血気盛んな若衆たちはあからさまに翻弄され、
部屋の温度が数度上がったかのような密やかな騒めきが広がる。
だが、その浮ついた熱を切り裂くのは、決まって若頭である和田の、
容赦のない怒声だった。


「シャキッとしやがれ!」


一瞬で静まり返る室内。引き締まった緊張感と、その中心に平然と佇む鈴華。
そんな、どこか歪で、けれど鮮やかなコントラストを描く光景が、
今の神野一家にとっては“いつもの朝”の風景になりつつあった。


「ここには慣れたかいな?」


朝の爽涼な空気を纏って戻った総長、神野の声音は、
慈父のような温かさを孕んでいた。
その問いに、鈴華は伏せ目がちに、しかし確かな安らぎを込めて応じる。


「はい……。おかげさまで」

「ほっほっ、若いもんが騒がしゅうてすまんなぁ」


神野は目を細め、皺の刻まれた目元をさらに和ませて笑った。
その朗らかな笑い声は、朝の静謐な空気に溶けていく。


「いえ。皆さんに、とてもよくしていただいておりますから」


彼女の言葉は、朝露に濡れた若葉のように瑞々しく、
偽りのない感謝を物語っていた。

神野一家は、六穣会という冷徹な機能美で動く組織とは、
まるで元の血統からして違っていた。
トップである総長から最下層の部屋住みに至るまで、彼らは同じ卓を囲み、
湯気の上がる大皿を遠慮なく突き合う。
そこにあるのは、鉄の規律ではなく、
どこか騒々しくも温かい日常の断片だった。

これまでの人生で、食事とはただの儀式か、
あるいは神経を削る緊張の場でしかなかった鈴華にとって、
その光景はひどく異様で、眩しすぎた。
最初は差し出された茶碗の重さにさえ戸惑い、
居心地の悪さに視線を彷徨わせていた彼女だったが、
賑やかな笑い声の毒気の無さに、肩の力は次第に抜けていく。
気づけば鈴華は、その喧騒の中に自分の居場所を見出していた。

馴染もうと背伸びをするまでもなく、彼女は自然と、
神野一家という一つの大きな円環の中に溶け込んでいた。