洛陽夜曲

廊下の静寂を破るように、せわしない足音が板張りを叩いて近づいてくる。


「オヤジ!そんな雑事、部屋住みにやらせてくださいよ!」


血気盛んな若衆が、肩を揺らしながら小走りに駆け寄ってきた。
その視線の先には、事もなげに台所へ足を向ける神野の背中がある。
台所へ向かおうとする神野を、一人の若衆が必死の形相で制止した。
神野は、喉を鳴らすようにして低く笑う。


「ええよ。手の空いてるやつがやればいい、それだけのことや」


その無頓着な言葉に若衆は面食らっていたが、
ふと傍らに立つ鈴華たちの存在に気づくと、瞬時に表情を引き締めた。


「六穣会会長槇村の娘鈴華と申します。ご厄介になります」

「……失礼いたしました。ようこそおいでくださいました、槇村鈴華さん。
神野一家一同、歓迎いたします」


深く頭を下げるその所作には、先ほどまでの狼狽は微塵もなかった。
現代的な身なりの奥に、この家が守り続けてきた古い気風が、
一瞬だけ鋭く覗いたような気がした。


「六穣会若頭補佐の早緑藤四郎と申します。以後お見知りおきを」


低く、しかし芯の通った声が、静謐な空気を震わせた。
対する男は、柔和な笑みの裏に鋭い眼光を宿し、静かに応じる。


「これはご丁寧なご挨拶を。神野一家若頭、和田忍にございます。
遠路はるばる、よくぞお越しくださいました」


交わされる言葉は儀礼に満ちているが、
そこには極道の世界に生きる者特有の、研ぎ澄まされた緊張感が漂っていた。

早緑はしばし沈黙した後、万感の思いを込めるように、
さらに深く頭を下げた。


「……お嬢のこと、何卒よろしくお願い申し上げます」


その一言を残し、彼は背を向ける。去りゆく背中は、
組織の重圧を背負いながらも、どこか哀愁を帯びていた。

西へと向かう帰路。遠ざかる街並みを瞳に映しながら、早
緑は心の中で、決して届かぬ誓いを呟く。


「お嬢……お許しが出たら、すぐにお迎えに行きますわ」