洛陽夜曲

早緑がどれほど言葉を尽くして否定しようとも、鈴華の心に深く根を下ろした憂いの影を払うことは叶わなかった。

香港の三合会から、あたかも“荷”を捌くかのように海を渡らされた日々。

ようやく大阪という地に辿り着き、微かな安息の予感に身を寄せようとしたのも束の間、

奈良への“預かり”という名の追放が、その淡い期待を無惨に打ち砕いた。

今の彼女を支配しているのは、行き場を失った絶望と、逃れられぬ流転の定めに打ちひしがれた深い喪失感だけだった。

---二人を迎え入れた奈良吉野の秋は、燃えるような琥珀と朱色に塗り替えられていた。

宿場の面影を色濃く残す吉野の街並みは、秋の陽光を受けて、しっとりと落ち着いた木肌の輝きを放っている。

長年風雨に晒されて黒ずんだ格子戸や、朱色が微かに剥げかけた古い看板。

軒先に吊るされた干し柿や、道端に置かれた木彫りの仏像…どれも鈴華が初めて目にするものばかりだった。

石畳の隙間には、赤く色づいた桜の落ち葉が数枚、模様を描くように張り付いている。

街並みを少し抜けると、吉野川のせせらぎの響きが耳に届き始めた。


「なんて透き通って綺麗な川…」


鈴華が息を呑むように呟いた。