国道308号線——。
酷道とも称されるその険路を、
鈴華と早緑を乗せた車は奈良へ向けて這うように進んでいた。
日本屈指の“ 酷道”として知られるその道は、
二人の間に流れる空気そのもののように、ひどく険しく、余裕を許さない。
いつもなら車内を快活に流れる曲に合わせて鼻歌を歌うはずの早緑も、
今日は固く口を結び、前方の一点を見据えたままハンドルを握っている。
助手席の鈴華は、窓の外を流れる暗い木々を眺めるでもなく、
ただ膝の上で指を絡めていた。
早緑は時折、意識の端で鈴華の様子を窺うが、
沈黙を破るための適切な語彙が見つからない。
喉元まで出かかった言葉は、
エンジンの苦しげな回転音に掻き消されるようにして、
何度も飲み込まれていった。
「お嬢、知ってますか?奈良には“大仏プリン”ちゅうのがあるんやて」
「ふふっ。知らないわ。面白そうな名前ね」
「瓶の蓋に大仏さんが書いてあるらしいですわ。奈良に着いたら、
ぜひ食べてみてな」
「奈良へ着いたら…ね」
その言葉が耳をかすめると、鈴華の肩がわずかに震えた。
彼女は答えを濁すように、「……そうね」とだけ呟く。
車窓の向こう、遠ざかる大阪の街並みは午後の光に溶け、
まるでおぼろげな記憶の断片のようだ。
彼女は眩しさを堪えるように、
あるいは溢れそうになる何かを閉じ込めるように、
細めた瞳で過ぎ去る大阪の景色をいつまでも追い続けていた。
「“預かり”言うても、そんなに長い期間ちゃいますよ。きっと」
「…私がいなくなったら……お兄ぃをお願いね。早緑さん」
「それは大変なお願いやなぁ…
あの人、お嬢おらんかったら機嫌めっちゃ悪なんねん」
視線が絡み合い、どちらからともなく微かな笑いが零れる。
綻んだ彼女の表情を、早緑は祈るような心地で見つめていた。
「私……捨てられちゃったのかな」
鈴華がこぼしたその呟きは、ひどく場違いなほどに頼りなく、
密室の空気に触れた瞬間に溶けて消えそうなほど儚いものだった。
「……っ!」
その声が鼓膜を震わせた刹那、早緑の身体が目に見えて硬直する。
ハンドルを握る指先が白く浮き上がるほどに強張り、車体がわずかに震えた。
前方を見据えていた視線を強引に引き剥がし、
隣の座席へと身体ごと向き直る。
「そんなこと、絶対にあれへんわ!」
車内の静寂を、剥き出しの怒号が叩き割った。
普段の彼からは想像もつかないほど、低く、切実な叫び。
それは鈴華の心に澱みはじめた絶望を、
根こそぎ薙ぎ払おうとする懸命な抗いだった。
酷道とも称されるその険路を、
鈴華と早緑を乗せた車は奈良へ向けて這うように進んでいた。
日本屈指の“ 酷道”として知られるその道は、
二人の間に流れる空気そのもののように、ひどく険しく、余裕を許さない。
いつもなら車内を快活に流れる曲に合わせて鼻歌を歌うはずの早緑も、
今日は固く口を結び、前方の一点を見据えたままハンドルを握っている。
助手席の鈴華は、窓の外を流れる暗い木々を眺めるでもなく、
ただ膝の上で指を絡めていた。
早緑は時折、意識の端で鈴華の様子を窺うが、
沈黙を破るための適切な語彙が見つからない。
喉元まで出かかった言葉は、
エンジンの苦しげな回転音に掻き消されるようにして、
何度も飲み込まれていった。
「お嬢、知ってますか?奈良には“大仏プリン”ちゅうのがあるんやて」
「ふふっ。知らないわ。面白そうな名前ね」
「瓶の蓋に大仏さんが書いてあるらしいですわ。奈良に着いたら、
ぜひ食べてみてな」
「奈良へ着いたら…ね」
その言葉が耳をかすめると、鈴華の肩がわずかに震えた。
彼女は答えを濁すように、「……そうね」とだけ呟く。
車窓の向こう、遠ざかる大阪の街並みは午後の光に溶け、
まるでおぼろげな記憶の断片のようだ。
彼女は眩しさを堪えるように、
あるいは溢れそうになる何かを閉じ込めるように、
細めた瞳で過ぎ去る大阪の景色をいつまでも追い続けていた。
「“預かり”言うても、そんなに長い期間ちゃいますよ。きっと」
「…私がいなくなったら……お兄ぃをお願いね。早緑さん」
「それは大変なお願いやなぁ…
あの人、お嬢おらんかったら機嫌めっちゃ悪なんねん」
視線が絡み合い、どちらからともなく微かな笑いが零れる。
綻んだ彼女の表情を、早緑は祈るような心地で見つめていた。
「私……捨てられちゃったのかな」
鈴華がこぼしたその呟きは、ひどく場違いなほどに頼りなく、
密室の空気に触れた瞬間に溶けて消えそうなほど儚いものだった。
「……っ!」
その声が鼓膜を震わせた刹那、早緑の身体が目に見えて硬直する。
ハンドルを握る指先が白く浮き上がるほどに強張り、車体がわずかに震えた。
前方を見据えていた視線を強引に引き剥がし、
隣の座席へと身体ごと向き直る。
「そんなこと、絶対にあれへんわ!」
車内の静寂を、剥き出しの怒号が叩き割った。
普段の彼からは想像もつかないほど、低く、切実な叫び。
それは鈴華の心に澱みはじめた絶望を、
根こそぎ薙ぎ払おうとする懸命な抗いだった。
